ファーストミッションのプランが立った。 スメラギからの召集がかかり、刹那は自室を出てブリーフィングルームへ向かった。 「刹那、それ捻じれてるぞ」 声に振り向くと、同じく召集を掛けられたであろうロックオンが自分の首の辺りを指し示している。刹那は下を向いたが、もちろん首の回りは近すぎて自分では見えない。 捻じれている、というのは恐らく自分が首に巻いている布のことだろう。触れてみると確かに布の襞が指にぶつかる。 刹那は手で布を捻ってみるが解けているのか余計に捻じれてしまっているのかよく分からない。 言われるまで気がつかなかった程度のこと、そしてミッョンプランの説明が終わればすぐにガンダムの最終調整に入るだろう。 すぐにパイロットスーツに着替えることになるだろうと刹那は諦めて手を離した。 「ちょっと貸してみな」 刹那の様子にロックオンは手を伸ばす。 「問題ない」 ロックオンの手を煩わしく思い、逃れるように後ろへ軽く飛ぶが長い腕に掴まれる。 「構うな」 「一瞬だから、な」 頑なな物言いに、優しい声音だがこちらも有無を言わさないという調子のロックオンに刹那は短い沈黙の後、布から手を離した。 人に触られるのは好きではないが、ロックオンは意外と言い出すと引き下がらない。 パッと腕を放し、ロックオンはすぐさま刹那の首から布を取り上げると、空気に一度ふわりと広げる。 「これ意外とでかいんだな」 薄い布は刹那の首でそれほどの量感を感じさせないが、薄いがしっかりと織られたものでマフラーのようなものを想像していたロックオンには思いのほか大きく感じられた。 防寒という用途だけではなく使える布として身につけているのだろう。 「これってターバンになるのか?」 ターバンは昔から中東の男がよく身につけていたものだ。出身地など想像させられるものと考えると個人情報の守秘義務に該当する項目だろうかと、答えるべきか刹那は一瞬迷った。 「…宗教的な意味を持って身につけてはいない。頭に巻くこともあるが、俺は乾燥地帯での砂避けくらいでしか使わない」 当たり障りのない言葉を選ぼうとして、むしろ意識しているような言葉になってしまった。刹那はちらとロックオンを窺い見る。 なるほどなぁ、神妙な顔で一しきりうなずき、ロックオンは幅広に折った布を刹那の首に戻した。 刹那の返事を特に気にしている様子は見られない。 緩く前後にバランスよく垂らされた布にロックオンは満足げな顔を見せたが、すぐに妙な顔つきになる。 刹那は無視したが、あまりにじっと凝視してくる。 「何だ」 「え、何?」 自分がこちらを凝視しているというのにロックオンは首を傾げる。 「用がないなら見るな」 刹那の言葉にようやくロックオンは自分が不躾な視線を向けていたことに思い当る。 「あー悪ぃ」 苦笑いを浮かべるロックオンに刹那は眼で返事を促す。 「ちょっと…言い方悪いかもしんないけど、何か血みたいだなって思ってさ。いや、縁起悪いよな。忘れてくれ」 ごめんな、とロックオンはしきりに謝る。 首から流れる血を連想させられる。確かに不吉な感じがする。 しかし刹那はこれ以外にもこの布を持っている。ロックオンの言うようなことを意識して身につけたことはない。 視線の意味がたわいもないことと分かり刹那は肩の力を抜いた。 「気にする必要はない。ブリーフィングに遅れる、行くぞ」 話を切り上げ、刹那は背を向け床を蹴った。 「…刹那、やっぱもう1回巻きなおさせて」 声に振り向く間もなく、後ろから素早い動きで布を取り上げられる。首が締まるということはなかったが、突然のことに刹那は驚かされる。 抗議の為振り向いた刹那は、ロックオンを見て口を噤む。 大雑把にまとめた布を額に付けるように持ち上げ目を瞑るロックオン。常にはあまり見ない静かな表情。 すぐに眼は開かれ、ロックオンはさきほどよりゆっくりした動作で、持った布をもう一度刹那の首に戻した。 「今のは何だ」 「おまじない、かな」 苦笑いを浮かべるロックオンに分からない、と刹那は続ける。 「その赤は象徴なんだ、既に血を流しているから、もうお前が戦場で流す血はない、だからお前は死なない、って」 胸の前に垂れた布をにロックオンはそっと触れる。 間もなくファーストミッションに入る自分たちだ。 「俺たちは戦いに行くんだ、命を落とさないという保証はない」 そんなことロックオンも分かっているはずだ。ロックオンが何を言っているのか分からない。 首を横にふる刹那にロックオンは眉を顰めた。 「俺くらいお前に死んで欲しくないって思わせろよ」 「必要ない、それに俺は戦争根絶を果たすまで簡単に死ぬつもりなどない」 頑なな言葉を裏切らない刹那の真っ直ぐな眼に、ロックオンは溜息をついた。 「分かった。俺も簡単に死ぬなんて思ってない。もう言わないから…お前さんも忘れてくれ」 刹那は神妙な顔で頷く。ロックオンは布から手を放した。 「ブリーフィングに遅れる。もう行くぞ」 ロックオンの返事を待たず、刹那は背を向け床を蹴る。 「…子供に簡単に死なれたら堪らないんだよ」 子供など、と刹那は言いかけたが後ろから延びてきていた手に髪を乱され言葉にはならなかった。 指が震えていると思ったのは、気のせいだと刹那はロックオンを振り向かなかった。 ※私の好きな北方謙三先生の三国志小説の呂布殿と奥方のエピソードのパロディになります。 |