05








 宇宙では時間の感覚が希薄になる。
 体調管理の為、適度な睡眠を取ることもマイスターにとっては必要なことだ。
 アレルヤは標準時に合わせ起床、就寝の時間を決めている。
 眠くない時には本を読んで、静かに眠気が下りてくるのを待っている。
 1時間ほどゆっくりと字の羅列に目をやっていたが、どうも今日は眠気は自分の元から遊びに行ってしまったらしい。頭は冴える一方だ。
 本を置き、アレルヤは目を閉じる。
(羊が1匹、羊が2匹、羊が、)
『やめろ、呪いか』
 最も古典的な方法を思い出し実践を試みたアレルヤだったが、すぐさま自分の中から声が遮る。
(呪いって…そんなんじゃないよ。ハレルヤ、邪魔しないで)
『邪魔ってお前、そもそもそんな子供だましで寝れるのかよ』
(やってみなきゃ分からないじゃないか)
 付き合ってらんねー、と声を大きくするハレルヤにアレルヤは再び目を開く。
「あーっ、ハレルヤのせいで目が覚めちゃったじゃないか」
 人のせいにするな、と聞こえる声に、さてどうしたものかとアレルヤは身を起こした。

 気分転換に艦内を歩いて、その足でロックオンの部屋に向かう。
 手には途中クリスティナからうっかりもらってしまったコーヒーが2つ。
 同じマイスターであるロックオンもある程度決まった時間には寝るようにしていると聞いたことがある。一度声を掛けて返事がなかったら部屋に戻ろう、アレルヤはそう決めてロックオンを訪ねた。
 不意の訪問にもドアのロックはすぐに解除された。
 軽い空気を切る音がし開かれたドア。
「どうかしたか?」
 いつもと変わらない柔らかな声。
 明るい部屋の中にに足を踏み入れるとベッドに寝転んだ背中が見える。
 問いかけた声は壁の方に向いたままで、寝ころんだ背中ははこちらを振り向かない。
「特に用って訳じゃないんだけど…まぁ、ロックオンの顔見に」
 何言ってんだか、と笑いの乗った声音。
 そもそもアレルヤにとってロックオンの近くは居心地の良い場所だった。気さくで優しい彼の性質のせいだろう。
 顔を見にきたというのは冗談というわけではない。
「ロックオン、さっきから何やってるの」
 勝手に押しかけた自分だが、一向に振り向く様子のないロックオンにアレルヤは近づいて彼の手元を覗き込む。
 ロックオンの手には1冊の本。
「マンガ読んでる」
「マンガ…」
 アレルヤは自分で手に取って読んだことはない。知識としては知っている。まぁ本の一種で絵本とは異なるらしいという程度の認識だったが。
「面白い?」
 聞いたアレルヤにロックオンはやっと顔を上げる。
「面白いぜ、読むか?」
 目の前に出された表紙の中に角ばった非常に厳めしい顔の男。手にはずいぶん旧式のものに見えるがライフルだろうか、随分物騒なものを下げている。
「…面白いの?」
「面白いって」
『スゲー面だな』
 本当に…。思わずという風にハレルヤも声を発した。アレルヤもつい同意してしまったが、声に出なかったことに自分のことながら胸をなで下ろした。
 しかし妙な顔をしてしまっただろうか、ロックオンは苦笑いを浮かべる。
 ベッドから体を起こしたロックオンに、良かったらとクリスティナからもらったコーヒーの一つを渡すと、空いた手にロックオンの持っていたマンガが渡される。
 片手でパラパラと捲ってみるがアレルヤにはいまいち面白そうな気がしてこない。
「それ主人公が狙撃手でさ」
 始めの方にプロフィールが載ってんだぜ。というロックオンにアレルヤはページを戻す。
 狙撃手という言葉にアレルヤも少し興味をひかれた。
 びっしりと書かれたプロフィールのページ、楽しげに読み始めたもののみるみるアレルヤの表情が変わっていく。
「すごいね彼、僕らガンダムマイスターだけど、ちょっと…これは敵わないかな」
 本から顔をあげたアレルヤのあまりに真剣な顔にロックオンは思わず噴き出した。
「そうだろそうだろ!」
 それにしてもマイスターと比べるのかよ!とマットレスをたたきながら笑っている。
『つーか、この頭で直毛ってありえねぇだろ』
 くすくすとハレルヤの笑い声もアレルヤの胸に満ちる。
 またページを捲っていると先ほどより何となく話の内容が見えてくる。どうやら紛争を取り扱った話や経済危機の話など社会情勢について触れる作品が多いようだ。
 ずいぶん古い本だが、その内容は今自分たちが武力介入している紛争の起こりにも関係するものまである。
「内容は結構難しそうだね」
 ロックオンはようやく笑いを引っ込めてアレルヤの顔を見つめる。
「そうだな。かなり古い話だけどさ、戦争の話とか今の俺たちにとってもリアルな内容で、ちょっと驚かされることもあるよ」
『所詮こいつも人殺しだろう?狙撃手なんて』
(そうだろうけど、そういう言い方はあんまりさ…)
「まぁでも、狙撃手としては憧れずにはいられないけどな」
 アレルヤの手元を覗き込んで、薄ら笑うロックオンの嬉しそうな顔にアレルヤは目を丸くする。
 視線の先にはもちろんあの厳めしい顔の主人公だ。
「え、憧れなの?」
「そりゃそうだろ。寡黙で仕事をビシーっ!とこなす。見た目も渋くて堪んないだろ?」
 な、とロックオンはさも賛成だろうという顔だ。
「…いや…僕はロックオンは今のロックオンで十分素敵だと思うけど」
『何の話だっ、お前らのアホさ加減についてけねーぞ』
 ハレルヤの声に、思考が脱線していた自分にアレルヤも気がつく。
 それにな、とロックオンは話を続ける。
「それにな、彼はあるミッションで400メートルの長距離精密射撃を成功させているんだぜ。しかも目視でだぞ」
「えぇっ、それはすごいね」
「だろう!」
 単純にその内容に素直な驚きを見せるアレルヤに、ロックオンは自分のことのように満面の笑顔を見せる。
 つられるようにアレルヤの表情も緩む。
『そりゃマンガの話だろ!』
(まぁまぁ)
 うっかり盛り上がっていく雰囲気に自分の中で抗議の声を上げるハレルヤをアレルヤは宥める。
「ロックオンも出来るんじゃないの?」
『無理無理』
(ロックオンの射撃の腕はすごいじゃないか)
「うーん。いや、目視では無理だと思うぜ。デュナメスのスコープは性能も違うしな」
『ほらな、大したことねーよ』
 マイスター一の命中率を誇るロックオンの言葉だ、間違いはないだろう。
 アレルヤも素直に頷く、ハレルヤの言葉は無視した。
「アレルヤこそできそうだけどな」
「え、ロックオンが無理なのにどうして」
「だって射撃の腕もいいし視力もいいだろ?今度やってみろよ、な」
 ロックオンはさもいい考えを思いついたというような顔だ。
『分かってんじゃねーか、お前の力見せてやれよ』
(ハレルヤ!)
 すぐ煽るようなことを言うハレルヤだが、先ほどからロックオンのことも侮辱するような言葉ばかりだ。
 挑発するような笑い方はあまり好きになれない。
「ロックオン」
 アレルヤは自分もいいことを思いついたと明るい声を出す。
「僕は無理だと思うけど、ハレルヤがやる気満々だから、今度やってもらうね」
「ホントか?」
『おい、勝手に決めんな!』
 にこにことロックオンと話をすすめだしたアレルヤにハレルヤが吠える。
「ハレルヤの方が視力もいいしね」
「へぇ、そんなとこも違うんだなぁ。楽しみにしてるぜ!ハレルヤ」
『…っ』
 不意に自分に向けられた言葉と笑みにハレルヤが言葉に詰まる。
「楽しみにしてるね。ハレルヤ」
 ふざけんな!とっとと寝ろ!と叫んだハレルヤの声は楽しそうなロックオンにはもちろん届いていない。






※ハレルヤの方が視力がいいというのは私の勝手な妄想です。