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刹那・F・セイエイとティエリア・アーデとはことあるごとに衝突する。 この日もバーチェ、エクシアのフォーメーションパターンを使った訓練について意見の相違から口論が始まった。 スメラギ、イアンも交えシュミレーション後の考察を終えているが、戦法云々という以前の段階で人間的に思考、思想に違いがありすぎる上に、それを認め合おうという考えが根本的に存在していない。 大人二人は早々に話を切り上げ。さっさと休めと刹那とティエリアを追い出した。 アレルヤとロックオンは二人と別の訓練を行っていた。シャワールームに入るなり聞こえた二人の声にまたか、とアレルヤはため息をついた。 「あいつら」 ロックオンは二人の間に割って入っていく。 アレルヤも心配しないでもないのだが、あまりにいつものことなので放っておく。 ロックオンにもそれを言ったことはあったが、放っておけない性質なのだと自分で言っていた。だからハロにまで“ビンボークジ”だなんて言われるのだろうけど、それがロックオンの性格なのだろうから、アレルヤもそれ以上止めることはしなくなった。 身に付けていたトレーニングウェアは発汗性に優れているが、そのままにしていればさすがに冷えてしまう。アレルヤは汗を吸ったそれを手早く脱ぎ軽く体を拭う。さっさとシャワーを浴び午後の訓練に備えなくてはいけない。 刹那とティエリアはまだ言い争っているらしい、さすがに珍しいなとアレルヤも心配になる。 「だからお前ら、それは今解決しない問題なんだから、明日のっ」 ロックオンの声が途中で途切れ、続いたた盛大なくしゃみに二人が目を目を丸くする。 気が逸れたのか刹那は二人を無視し着替えを始める。 「何を一人熱くなっているのですか」 馬鹿らしいと言わんばかりの表情を向け、出ていくティエリアを追ったロックオンの背をアレルヤは一人心配げに見つめた。 翌日、アレルヤの心配は的中し、風邪をひいたロックオンはドクター・モレノ直々の外出禁止令を出された。 額に触れた何かに手が伸びる、手とその下にあるのは熱冷ましだろうか。 掴んだ手を、重ねたまま枕の脇に落とす。薄い手の甲に細い指、部屋に入る時はノックしてくれっていつも言っているのに。ああそうか俺熱出したんだっけ？じゃあ俺が気がつかなかったのかな。 掴んだ手を手に取られる。いや怒ってないって心配かけてごめん。指を絡めて力をこめる。俺の手熱いだろ？ひんやりして滑らかで気持ちいい、もう少しこうしていてよ。え、甘えてるかな？きっと熱が俺を弱くしてるんだ。そっとまた、今度は両の手に手を取られ力が抜ける。ブランケットの中に戻され、ケット越しに重なった手の重みに、全身の力が抜ける。ごめん母さんわがまま言って、下で誰か呼んでいる？ ティエリアは、通路を早足に進んでいた。 その手の甲を強く擦る。寒いのか、あるいは変なものにでも触れたのかという風に。 （何故こんな目に、これもアレルヤ・ハプティズムのせいだ…！） 心の中で呪いの言葉を発する彼の横顔は何故か赤い。 ロックオンの体調不良を知ったブリーフィングの後、ティエリアはアレルヤに呼び止められた。 『僕は刹那と一緒の訓練だから、ティエリアはロックオンがいないから午前中空いているでしょ？様子見てきてくれないかな』 何故自分が、とティエリアは拒否した。そんなもの暇な人間が行けばいい。 『ロックオン、昨日変なくしゃみしてたし…心配だよね』 アレルヤの声音は穏やかだが責めるような視線に押され、ティエリアはロックオンの部屋を訪ねた。手には食事の乗ったトレーまである。 声を掛けたが返事はない。恐らく寝ているのだろうとキーを解除し部屋に入る。 眠るロックオンの眼は固く閉ざされているが、体の熱を一気に放出しているのだろう、浅い呼吸を繰り返し、額には汗が滲んでいる。 「ロックオン・ストラトス、起きて食事を摂れ」 もう一度名前を呼ぶが返事はない。薬がよく効いているのだろう。ドクター・モレノの薬はとてもよく効くが強い。 「ここに置いて行く」 聞こえていないことを承知でベッドサイドの棚にトレーごと乗せる。 水分の摂取量が気になるが、この調子なら明日には回復するだろうとティエリアは判断した。予定外のことであったが任務は完了だ。アレルヤも文句は言わないだろう。 踵を返そうとした時、寝返りだろうか僅かにロックオンの体が傾ぐ。 長い髪が頬に、額にはりつく姿が見た目にも暑苦しい。 トレー脇にあったタオルを取り、首、頬、額を濡らす汗を拭きとる。 （君が暑苦しいのがいけない） 無意識にタオルを取った自分が信じられず、ティエリアは心の中で納得させる。 湿った髪を額から剥がす為、もう一度手を伸ばす。 手の甲に触れた何かを反対に捕まえる。小さな手。エイミー…何だ、心配して様子を見に来たのか？お前にまで心配されるなんて俺はダメな兄さんだな。 お前の手、小さくて温かくて気持ちいい。でも、うつるといけないからもう行きな。 俺？俺なら大丈夫、ドクター・モレノの薬は効き目抜ぐ、あれ？そういえばドクター知らなかったっけ。 呼ばれた名は自分のものではなかったけれど、眠る男の声に目を向けると、その瞼が閉じたまま震えた。 刹那はロックオンの瞼が一瞬細かく震え、うっすらと開いたそこから水に映った森のような不思議な緑が現れるのを見た。そこに溜まった水が零れるのかと思い、自分は瞬きもせずそれを見た。 水は零れず、緑のそれは動き、自分の手元から顔まで上がってくる。 「刹那…はよ」 寝起きの声はこもっている。 重たげに目を瞬かせ、また伏せる。伏せた上に腕が顔を隠すように乗る。 「手、握っててくれたのか」 「お前が掴んでいる」 くぐもった声に返事をすると、小さく肩が揺れ、唇が笑みの形に歪んだ。 顔を隠す反対の手は、まだ刹那の手を掴んだままだ。 「そうだった」 腕の下からばつの悪そうな困った笑顔が現れ、重なった手と手を見やる。 掴んだ手は、一度開いて離れるかと思いきや、重ねたまま開いたり掴んだりを繰り返す。 隙に逃げていかなかった刹那の手にロックオンは体ごと横を向き、抱き締めるみたいに握り締めた手に頬を寄せた。 甲に押し付けられた頬の熱さに驚き、刹那の肩が微かに揺れる。 「逃げないなんて珍しいな」 「離せ」 憮然とした顔の何が面白いのか、ロックオンの唇から笑みが消えない。 「振りほどいていいぞ」 黙った刹那にニヤと笑う。 「夢を見たんだ。いつも見ると切なくなる夢だけど今日はひたすらいい夢だった。そんで起きたら刹那がいた」 「…」 「今日はいい日だな」 能天気なロックオンの言葉に刹那がため息をつく。 「アレルヤ・ハプティズムにお前の熱は俺とティエリア・アーデのせいだと言われたが」 こちらも馬鹿正直な刹那の言葉にロックオンは肩を揺らす。 「そんで刹那が優しいのかぁ。風邪もひいてみるもんだな」 「馬鹿なことを言うな」 刹那は気まり悪げにそっぽを向く。 原因が全て自分とは思っていないが、一因と言われれば完全に否定できる言葉を持っていない。 面白がられては素直に詫びることも出来ない。 横顔に向けられた視線に話す言葉を探し、刹那はモレノから預かってきた薬の存在を思い出す。 「ロックオン、薬を預かっている。食べれるなら、何か胃に…」 途切れた声と同時に動きを止めた視線に、ロックオンもようやく刹那の手を離し半身を起こす。 ベッドサイドに置かれた棚の上、スープの皿が乗っている。 「持ってきてくれたのか？」 「いや、俺は」 掴まれていた手と反対に持っていた赤いリンゴと薬を渡す。 刹那は皿の下に手を触れる。かなり温そうだが、完全に冷めていはいない。 「サンキュ。そっちは誰かなフェルトかクリスあたり 」 リンゴを齧り、空いた左手を眺めながらロックオンが呟く。 「さっきお前の部屋から出てくるティエリア・アーデを見たが」 遮るようにして言った刹那の言葉にロックオンが噎せる。 大丈夫か、という声に返事はなく咳きこんでいたそれは笑い声に変わる。 「ママはあいつだったか」 意味が分からず首を傾げたが、馬鹿みたいに嬉しそうに笑うロックオンに明日は大丈夫そうだと刹那は思った。 |