10








 それはある冬の朝のお話。


「起きろよ刹那」
 降ってきた声に意識が浮上する。
「いい天気だぜ刹那、散歩行こう」
 馴染みのある声に、刹那はふと息を吐く。
 なかなか開かない目をこすり、ゆっくり起き上がる、顔を上げるとロックオンはおはようといつもの笑みを見せた。
「散歩に行こう」
「何のために」
「いや、何のためも、散歩は散歩だろ」
 ロックオンは既に着替えを済ませている。準備万端だと言わんばかりだ。
 窓を見ると外との温度差に真っ白く曇り、朝の光を反射し眩しい。
 今日も寒そうだ。
「俺はいい、行きたいのなら行ってこい」
「そう言うなよ〜。まぁ散歩はもちろん行きたいんだけど、実は冷蔵庫空っぽでさ、散歩がてらカフェ行って、買い物してこようっていうか」
 お前のミルクも切らしちまってるし。とロックオンは悪びれなく笑う。
「ロックオン、昨日買い出しに行くと言っていたが、忘れたのか」
「うっかりな!」

 ロックオンは一人で前を歩いて行く。
 自分より背の低い刹那の歩幅に合わせようとはしない、そのくせ時折立ち止まって振り返っては、にこと笑ったり、刹那を呼んだり。
 刹那も呼ばれてはちらと視線を投げるだけ、急ぎはしない。
 二人の間は離れては縮まりを繰り返す。
 大通りに繋がる道を、ロックオンはそれた。
 マーケットもパン屋も大通りにある。
 刹那も続き道を折れると歩道に沿って川…ではなく細長い池と思われるもの。歩道と垣根もなく、石のタイルの並ぶ遊歩道は池との間に柵もない。反対側には木が植わり、こちらもまた細長い公園のようだ。
 ロックオンは早速遊歩道に入り、歩を緩めている。
「ロックオン」
 追いついた刹那が声をかける。
「大通りはあっちだ」
「散歩だって。言っただろ?」
 そう言われて、刹那は出てくる前に否定しそびれたことを思い出す。
 水のそばは先ほどより更に冷えた気がしたが、ロックオンは止まらない。
 ロックオンがゆっくりと歩くので、自然二人は並んで歩く。
 朝の光を反射する水面をロックオンは眺めている。
 橋だ、と呟いたかと思うと、また不意に道を折れる。ほんの小さな橋を渡り、反対側に。
「あ、こっち凍ってる」
 湾のように出っ張った所、水の動きが穏やかなせいだろうか、池の端が凍っている。
 池の周りで子供達がしゃがみこんでいる。
 ロックオンは反対側にも続いていた石のタイルを降り、どんどん向かっていく。
 マイペースな男を止める方法が思いつかない刹那は、黙ってついていく。
 池のふちの数歩前、ザクザクと足音が変わる。
 立ち止まった刹那を、ロックオンが振り返る。
「霜柱だな」
 土から覗く白いものをしゃがみこんで見る。細長い形をした氷が濡れて黒々とした土の間で輝いている。
「踏み心地が面白いよな」
 ザクリ、ザクリと音を立てるそれは確かに不思議な踏み心地だ。
 しかし足跡型に溶けたそれを見て、刹那はそっとそこを迂回して、ロックオンに並んだ。
「踏まないのか?」
「踏むと壊れるだろう」
 小さく儚いそれは刹那の重みに砕け、一瞬で溶けた。
 当り前のことを聞くと、刹那はロックオンを真っ直ぐに見返す。
「そうだな」
 ロックオンは何がおかしかったのか、笑みを深めて池の方を向き直った。
 凍った池の水は波立たず、時間を止めたように水面の枯葉を固めている。
 揺らぐ水面の輝きとも違う、眩い光。
 引かれるように伸ばした手は、不意に子供が投げた小石の音に止まった。
 氷の上を石は転がり、滑り込むように水に落ちた。
「へぇ、結構厚いんだな」
 引っ込んだ刹那の手が触れようとした先、ロックオンがつつくと溶けかかっていたのか、軽い音をたて割れた。







「起きろよティエリア」
 降ってきた声の不躾さに眉が寄る。
「いい天気だぜティエリア、散歩行こう」
 馴染みのある声、その能天気な内容にティエリアは息を吸い込む。
「勝手に部屋に入ってこないでください!」
 声の方に勢いよく向き直ると覗き込むような格好でロックオンは立っている、目が合うとにこと笑った。
 扉がノックされた音でティエリアは目を覚ました。扉越しに名前を呼ばれ、その声に誰のおとないにか気がついたが、返事を待つような間もなく一方的に開かれた。
 足音を忍ばせるでもなく入り込んだ男は、躊躇いもなくティエリアを起こしにかかった。
 その行動にティエリアの怒りのメーターは振り切れた。
「散歩に行こう」
「あなたは人の話を聞いているんですか」
「聞いてる、悪かった勝手に入って」
 ロックオンは既に着替えを済ませている。準備万端だと言わんばかりだ。
「結構です。一人でどうぞ」
「そう言いなさんな。散歩は体に良いんだぞ?」
「結構です。しつこいですよ?」
 勝手にベッドに腰掛けようとする腕を引っ叩く。
「宇宙から降りたばっかだろ俺ら、精神衛生の為にもいいんだぜ?ヴェーダは言ってなかったか?」

 ロックオンは一歩前を歩いて行く。
 歩きながらあそこに何がある、あの店の何がおいしい、あれは自分も初めて見たと一人喋っている。
 ティエリアも指差す先を一瞥するも一々返事をすることはない。
 ロックオンも特に返事を求めているわけではない。
 あ、そこ曲がるから。と一瞬前に告げ、ティエリアを誘導していく。
 道を折れたところに見えたのは緑、その手前には池があるようだ。
 ロックオンはそのまま池を囲む遊歩道に入る。
「ロックオン・ストラトス」
 ティエリアの声に振り返る。
「人が多いぞ」
「こんなに気持ち良いんだから、ご近所さんは来るもんだろ?こういうとこは人が憩うためのもんだぞ」
 遊歩道にも脇の歩道にも、歩く人、またジョギングをする人、ベンチに掛ける人など多くの人がいる。
 そういうものだと言われてしまえば、ティエリアにはどうすることも出来ない。しかし人が多い場所は得意ではない。
 一様に穏やかな様子で、騒々しいというほどでないことが救いではあるが、行きかう人とぶつかりそうで危ない。
 ティエリアを気遣ってか、木々の多い広い道に誘導していく。
 しかしそこにも問題を見つけティエリアは眉を寄せる。
「あ、あれセントバーナードか?格好いいなぁ」
 ロックオンはキョロキョロと違う種類の犬を見つけては名前を呼んで行く。
 広い道は、良い犬の散歩コースとなっているのか、犬を連れた人々が多い。
 ティエリアは犬に触れたことがない。
 地上に降りても特に触れ合うような機会を持ったことがないのだ。それが今、自分の周りにたくさんいる。
 特に好きだとも嫌いだとも考えたこと自体がなかったが、言葉の通じない生き物たちがこれほど多く近くにいることが今までなかった為、ティエリアの体は少し硬くなった。
「あ、ゴールデンレトリバー。でっかいのって意外とおとなしいって知ってるか?あいつかわいいなぁ」
 ロックオンの視線の先を追うと、先ほどの大きな犬を連れた婦人が、同じようにごく薄いベージュの耳の垂れた大型犬を連れた婦人とおしゃべりを始めた。
 連れられた犬は共に大型犬で、慣れているのか2匹も向かいスンスンと鼻を近づけている。
 飼い主のおしゃべりを邪魔することもなく、おとなしい様子は確かにロックオンの言う通りの性質なのかもしれない、見た目も淡い色の毛も丸い瞳も凶暴なものとは無縁の雰囲気に見える。
 ふと肩の力を抜こうとした時、1匹がこちらを向いた。
 ティエリアは目が合った気がしてすいと視線をそらした。
 しかし犬はのっそのっそと近づいてくる。それは婦人の意思に反しているらしい。
 まぁ、どうしたの?という声が聞こえたが、如何せん大きな犬の力は強い。ゆっくりだが着実に夫人を引っ張っているらしい。
「ロックオン・ストラトス。犬が向かってきているぞ」
 視線の端にそれを認める。
「ああ。懐っこいんだなぁ」
 離れようという意味でティエリアは言ったが、ロックオンは明らかに嬉しそうだ。
 彼は犬が好きなのだろう。
 しかし自分は接触したくない。ティエリアは一人後ずさる。
「何だ、犬こわいのか?」
 笑みを乗せたまま問われ、ティエリアもむきになる。
「そんなことはない」
 しかし目前まで来ている。
 手を伸ばしたロックオンに、犬は愛想良く鼻を擦りつけたが、そのまま通り過ぎ、硬直するティエリアの足に体を擦り寄せた。
 ぎゅうぎゅうと押すように体を寄せる犬によろけそうになる。飼い主の婦人がしきりに謝っているが、犬は頑なに動かない。
「大丈夫ですよ気にしないで、なぁ?」
 ぎこちなくも頷こうとしたティエリアの動かない手を、不意に犬はなめた。







「起きろよアレルヤ」
 降ってきた声に、内側から反応するものがある。
「いい天気だぜアレルヤ、散歩行こう」
 馴染みのある声に、アレルヤは何だ彼だよとハレルヤを宥める。
 ぱちりと目を開けると、ロックオンはおはようと笑みを見せたのでアレルヤもおはようと返した。
「散歩に行こう」
「散歩ですか?構いませんがどこに?」
(朝早くから何なんだ)
 ロックオンは既に着替えを済ませている。準備万端だと言わんばかりだ。
 そしてハレルヤは機嫌が悪そう。眠るアレルヤに先に起きたハレルヤはロックオンの声に警鐘を鳴らしてきた。
「公園。近くにあるだろ?天気もいいし気持ち良さそうだなって」
 アレルヤはそれがどこか分からなかったが、ロックオンは新しい場所を開拓するのが好きなのかもしれない。
(めんどくせー、一人で行けよ)
『いいじゃないか』
(良くねーだろ、安眠妨害。そもそも勝手に人の部屋に入ってきやがったし)
『まぁまぁ』
 アレルヤはハレルヤを宥める。
「なぁアレルヤ、俺の話聞いてる?」

 ロックオンは並んで歩く。
 前を向いたまま話していても、二人の身長はほぼ同じで、歩くペースも変わらない。
 ロックオンは話題が豊富で、でも一緒にいる時の沈黙も気まずいことはなくてとても接しやすい。
 時折、ハレルヤの反応を代弁すると双方から「うるさい」と怒られて、そっくりな反応にアレルヤは一人笑みを深めた。
 言われていた交差点を曲がると、住宅街の向いに突然緑が現れた。
 ロックオンは真っ直ぐに向かっていき、中にある池までついた。
「ロックオン」
 橋の手前で振り返る。
「こんなところがあったんだね、知らなかった」
「ああ、良さそうなとこだよな」
「ええ」
 大きな池にかかる橋には意外と人が多い。
 何をしているのかとのぞいてみると、水鳥が優雅に水面を滑っている。
 足を止めみて見ていると似ているようだが、少しずつ羽の模様やくちばしの色が違っているようだ。
 ロックオンも違いを見つけたのか、橋の欄干から乗り出すように見つめている。
「白鳥もいるんだな」
 ひときわ大きい白い鳥。アレルヤもさすがに白鳥は分かる。
 混じりけのない色が美しい。
「渡り鳥って越冬したらどこ行くのかな」
「さぁ、それぞれ決まった場所があるって聞きますけど」
 美しい鳥は、春を待って去ってしまうのだろう。
 そう思うと少し寂しいような気がしたが、それが彼らの生きるサイクルなのだ。飛び立つ姿を思い描き空を仰ぐ。
 自分たちは春すら待たずにこの街を立つ。
 それはやはり悲しいことではないが、美しい場所を見つけ心残りが出来てしまったかもしれないとアレルヤは心に沸いた感情に気が付く。
「それにしても他の鳥の名前は分かんねーな」
 ロックオンの声に池に視線を戻す。
 確かに他のカモの仲間であろう鳥たちの名前をアレルヤは知らない。
(―…)
「え、何?」
「どうした?」
 ハレルヤが続けて聞きなれない単語を言ったが、早口で聞き取れない。
「ハレルヤがね、たぶん鳥の名前を言ったんだけど、聞き取れなかった」
 ハレルヤはアレルヤが忘れたことを覚えていたり、知らないことを知っていることがある。
 それを不思議に思うことはあるけれど、アレルヤはあまり考えない。お互いの存在が一番不思議なことだから。
 アレルヤが見た鳥の姿をアレルヤが忘れてもきっとハレルヤは覚えている。
 そう思うと寂しい気持ちが軽くなる。
「へぇ、そんなこと知ってんのか。意外だな」
 ロックオンの言葉に内側でハレルヤが拗ねるのが分かった。







「起きろよライル」
 降ってきた声は自分のもので、違和感にわけも分からず目を開く。
 慌てて体を起こすとそこには見慣れた自分の部屋で、もちろん誰がいるわけでもない。
(夢か)
 ライルは思わずため息をつき、直前まで見ていた夢を思い出す。
 冬の朝、自分を起こす兄の声、随分早くにと眠い目を擦りながら見たのは雪に染まった街の景色。
 前夜の大雪が嘘のように晴れ渡った空の下へ、一緒に行こうと兄は笑った。
 その記憶は10年以上も昔のもので、しかし自分を起こす声は今の自分と同じトーンで、それでも確かに自分を呼んだ。
 自分たちは双子だから、もしかしたら成長しても声が似ているかもしれない。
(それにしても変な夢だ)
 欠伸を一つ。しかし頭はだいぶ冴えてしまった。
 あの日のように真っ白に曇った窓を開けると、よく晴れた空の下、あの日と違う町の景色がよく見えた。

 慣れた道を一人歩く。
 早くもなく遅くもなく自分のペースで。
 角を曲がれば小さな公園。最近あまり来ていなかったが、それでも時折、道すがら。
 ライルは真っ直ぐ遊歩道に入る。橋があれば渡る。
 惹かれたものには視線や足が真っ直ぐ向かう。
 変わらない自分の性質。
(だから子供っぽいって言われるのか?)
 思いついた考えに一人唇に笑みを乗せる。
 池にはボートが滑る。水の上は寒いだろうに、聞こえる声は明るい。
 遊歩道は小さい大きい犬が歩き、人々が憩う。池には水面を音もなく泳ぐ水鳥。
 足の運びはゆったりと、しかし意識しなくても、目はただそれらに惹かれて忙しく動く。
 土の露出したところドタバタと走り回る子供たち、凍った土がキラキラと輝く。
 ぬかるみに足を取られた子供の一人がすてんと転がり、小さな手のひらと膝小僧が泥に塗れる。
 あっ、と一歩踏み出し掛けたライルの足は、転んだ子供と変わらない小さな子供が駆け寄って止まった。
(あの子の兄さんかな)
 ほっと息をつき、再びライルは歩き出す。
 妹にせがまれ息を切らせながら漕いだボート、父さんと一緒におっかなびっくり触った犬の暖かさ、靴が泥だらけになるまで踏んづけて母さんに怒られた霜柱、兄さんと競うように呼び合った渡り鳥の名。
 馴染み深い光景、懐かしい記憶。
 冬の朝の光がライルの頬を柔らかに照らす。
(こんな穏やかな朝は兄さんのせい)
 笑みを深めたライルは公園を後にする。











「起きたまえ!」
 降ってきた声のあまりの大きさに驚いて目を見開く。
「実にいい天気だ、こんな日は散歩に行こう」
 馴染みのある声、目の前の顔を確かめロックオンはふとため息をつく。
 ゆっくり体を起こしはするが、このあんまりな目覚めに目が据わる。目の前の男、グラハムはむかつくほどの笑みを乗せ、いつもの長々しい朝の挨拶を始めている。
「さあ、散歩だ」
「休みだ、ゆっくりさせてくれ」
「そう休みだ。せっかくの休みこそ有意義に過ごそうではないか」
 グラハムは既に着替えを済ませている。準備万端だと言わんばかりだ。
 面倒くさい、外は寒い、俺は眠いとロックオンの中で強く欲求するものがある、それでも彼の我慢弱さと強情さは嫌というほど分かっている。
「あ〜、面倒くさい!」
 呻き声をあげ頭をかきむしる。そうでもしないと踏ん切りがつかない。
 どう否定しても押し切られるのが分かっている。ロックオンの譲歩というか葛藤というか、そんな気持ちなどグラハムはお構いなしだ。
「安心したまえ!プランはしかと私の中にある」

 二人は何故か蛇行しながら歩いていく。
 それもこれもグラハムが勢い込んで話すせいだ。ロックオンは一々気圧され少しずつ道の端に寄っていき、建物の壁に擦れそうになるのを時々押し戻す。
 公園といえば行くところは決まっている、曲がり角を確認せずとも、歩みが鈍ることはない。
 ロックオンの散歩コースはぐるりと外側の遊歩道に沿って。途中一度橋を渡り8の字を描く。
 お決まりのコースをグラハムは早速外れて進んでいく。
「おい」
「何だ」
「そっち周りは俺の散歩コースじゃない」
 渡る橋の前で立ち止まり、ロックオンはグラハムの歩みを止める。
「実は私は以前からボートに乗りたかった」
 池にはボートの貸出所があり、それは確かに橋を渡らず進んだ方がのりばに近い。直行しようというのだろう。
「早く出掛けて時間もある。今日は是非ともボートに乗ろう」
 グラハムの目はキラキラと輝いている。
 分かっている。彼が欲求に対して我慢くその上実に強情な男で、一度決めたことをロックオンは覆せたためしがない。
「…俺は漕がないぞ」
「もちろん私が漕ぐ。それに何より私は乗り物に関してはプロだ、心配は無用!任せてくれ!」
 ロックオンはグラハムのやる気に1ミリの嘘もないことはもちろん知っている。
 しかし大いに不安を感じ溜息をつかずにはいられない。
 20分後、借りた手漕ぎのボートに乗ったロックオンは、その手にオールを持ち、池の真ん中まで進んでいた。
 非常に残念なことではあったが、グラハムに手漕ぎボートの操舵の才能は皆無だったようで、10分ほど、ああいつ岸から離れるのかな、と待ってみたがくるくると回るばかりでいつまでも桟橋を離れない、管理人の男は「兄さんが漕いだら」と笑って言った。
「ボートは畑違いだったのか…」
 向いに座るグラハムは縁に手を掛け、水面を眺め不甲斐無い!と嘆いている。
「まぁまぁ、そう落ち込みなさんなって」
 結局自分が漕ぐ羽目になってしまったが、ロックオンは明るい男の沈んだ様子に文句を引っ込めた。
「あんたはボートが漕げなくてもあんたにしか飛ばせないものがあるんだろ?」
 ロックオンの言葉に、グラハムはようやく向き直る。
「そういう君は、乗り気でなかった割に、上手いものだな」
「お前、乗り気じゃないって分かってたら遠慮しろよ」
 お互いの軽口にふっと笑みがもれる。
 ロックオンの漕ぐボートはすいすいと穏やかに水を切り進んでいく。力を加減し、大きく迂回をするのもスムーズだ。
「君、まさか女性を乗せて?」
 あまりに鮮やかな手並みにグラハムが目を丸くする。
「そりゃボート漕ぐなんてのは女性の為に決まってんだろ」
 驚いたグラハムの顔が面白くて、にやりと笑ってみせる。
「それについては詳しく話を聞かせてもらおう」
 ここでは危ない早く岸に着けてくれ。というグラハムに、何が危ないんだとロックオンは吹きだす。
「今教えてやるから、ゆっくり乗ろうぜ」
 ボートを漕いでとせがんだ彼女は、エイミーっていう大事な大事なロックオンの妹。