『日本ではバレンタインにチョコを贈るって風習があるらしいんだけど、知ってる?』 気分転換にとブリッジにチョコレートを持って表れたスメラギは、フェルトとクリスティナにそれを配ると、ロックオンにも一つすすめてそう言った。 嫌いというわけではなさそうだが、酒飲みの彼女が甘いものを食べるのは珍しい。 礼を言って受け取った金色の包みをめくると濃厚な甘い香りが漂う。 シンプルだが独特の形をしたそれに首を傾げながらも口に放り込むと、同時にクリスティナが大きく噎せた。 「これお酒が入ってるじゃないですか!」 スメラギは楽しそうに笑っている。 溶け広がった味に、ロックオンも納得する。 酒瓶を模したチョコレート、中身もまた然り。 実に彼女らしいおやつだった。 これはグリニッジ標準時でちょうどバレンタインの1ヶ月前の出来事。 Feb.14.11:00 「お疲れさん、ほらハッピーバレンタイン」 差し出されたオフホワイトの小さな箱、ブルーのリボンの掛ったそれを見て刹那は首を傾げる。 ロックオンは朝から刹那と一緒に新しいフォーメーションのシュミレートを行った。 コクピット降り、部屋に戻りがてらロックオンはシュミレーションの結果がどうのこうのといつも通り喋り続け、刹那は傍らでそれにいつも通り適当に時々相槌をうっていた。 通路の向こうから浮遊してきたハロに気が付きロックオンが手を上げて応える。 オレンジ色の機械の手が持ってきた袋を受け取ると、ロックオンはそこから小さな箱を取り出し刹那に差し出したのだ。 「何だそれは」 自分がコクピットから降りた時には既にいつも腕に抱えられているハロの姿がなかった。いないと思ったらどうやら使いに出されていたらしい。 刹那は呆れながらも首を傾げて問う。 「チョコレート。お前日本にいたことあるだろ?」 たしかに刹那は日本に滞在経験がある。 しかし全くロックオンの言いたいことが理解できない。 「日本じゃバレンタインにはチョコを贈る風習があるんだろ?それでお前にプレゼントだ」 「…そうか。しかしバレンタインの意味が分からないし、もらう理由がない」 依然として動かない刹那の手をロックオンは見つめる。 「確かどっかの聖人が殉教した日で、何でか好きなやつに贈り物をする風習があるんだよ。だからこれは仲間の刹那へ、俺からの贈り物ってわけだ」 自分の言葉に納得するように頷きを繰り返すロックオンを刹那は見返す。 良くは分からないがロックオンは刹那に受け取ることを望んでいて、ノーという返事を受け付ける気は全くないのだろう。 「分かった、もらおう」 積極的に食べることはないが、刹那はチョコが嫌いなわけではない。 差し出したてのひらに、そっと小さな箱が乗せられる。 離れた手を追うように視線を動かすと、不意に伸ばされ髪をくしゃりとかき混ぜられる。 逃れるように身を引くとロックオンの満面の笑顔にぶつかり刹那は文句の出かけた口を閉じた。 Feb.14.13:30 「ハッピーバレンタイン、おやつにでも食ってくれ」 目の前に置かれたオフホワイトの小さな箱。紫色のリボンの掛ったそれを見てティエリアは訝しげに眉をひそめる。 昼食の為食堂に来たティエリアは時間帯がおそかった為か誰もいないそこで静かに食事をしていた。 人がいようがいまいが意識することはなくても、周囲が騒がしいのはあまり好きではない。単に栄養摂取に必要な行為だけれど、その時間が過ごしやすいのならそれにこしたことはない。 その静かな時間を破って侵入をしてきたのがロックオンだ。彼はティエリアの姿を認めると、トレーに食事を乗せ真っ直ぐに向かってくると、座るぞ、とティエリアの向いに座り白い箱を彼の前に置いた。 「何ですかそれは」 承諾も得ず目の前の席に掛けたロックオンに少々気分を害しながらティエリアは問う。 「チョコレート。今日バレンタインだから」 言われてみると、ニュースの社会・経済以外の余分なところでそんなことを言っていたような気がするとティエリアは思いだす。 しかしそれが自分に何の関係があるのか分からない。 「バレンタインには好きなやつに贈り物をする風習があるって知らないか?」 「あなたは僕が好きなんですか」 ティエリアの眉間の皺が俄かに深くなる。 あまりに露骨に嫌そうな顔をされ、分かりやすい反応にロックオンは笑いそうになるのを堪える。 「まぁ、好きっていうか、同じ志の下に集まった仲間ってことで」 逆鱗に触れる前に一歩引く。 しかしその言葉も気に入らなかったのかティエリアの表情は憮然としたままだ。 「結構です」 ティエリアは皿に残っていたものを食べる気が失せ、席を立つ。 脇を通り過ぎようとするティエリアの腕をロックオンは急に掴む。 「なっ」 突然のことにひっくり返ることはなかったが、トレーが傾く。 「何をするんですか!あなたは、」 席を立ち、覆いかぶさるような距離でロックオンは笑う。 「好きって言うよ。だからもらってくれって」 カーディガンのポケットにそっと収められたそれにティエリアの両手は塞がっていて、抗議するようにトレーの上の食器が鳴った。 Feb.14.16:30 「ハッピーバレンタイン、飲み物コーヒーで良かったか?」 放り投げられたオフホワイトの箱、それから飲み物のボトル。金と銀のストライプのリボンの掛ったそれを受け止めるとアレルヤは目を丸くする。 トレーニングルームから出てきたところでアレルヤはロックオンと会った。暇ならちょっとお茶でもしようと誘われ。アレルヤがシャワーを浴びている間ロックオンはコーヒーを淹れた。 歳が近そうだから、人と話すことを厭わないからアレルヤとロックオンは特に用がなくても互いの部屋を訪ねることがある。しかし今日は用があったらしい。 「何ですかこれ」 プレゼントの形をした小さな箱。どうしていいか分からずアレルヤは戸惑いの表情を浮かべる。 「チョコレート。バレンタインのプレゼントだよ」 今日がバレンタインといことはアレルヤの意識には全くなかったが、プレゼントを贈る習慣があることを知識としては知っている。 意味ははっきり理解はしていないが。 「バレンタインには好きなやつに贈り物をするんだぜ」 「聞いたことありますよ」 しかしアレルヤもらったことはない。 だから手にした小さな儚い重みに違和感がある。 「もう何年か一緒に仲間をやっててもここでは知らないことが多いだろ。たまには何かやりたいなぁって思ってさ」 ロックオンはちょっと遠くを見て言う。 「もらっていいんですか?」 その為に持ってきたんだぜ?とロックオンはアレルヤに視線を戻す。 アレルヤは自分のものになった箱をじっと見つめる。 それからゆっくりと浮かんだ笑みに、ロックオンもつられるように笑った。 「あ、」 不意に何かを思い出したようにアレルヤが顔を上げる。 「どうした」 「いえ。僕も何か出来たらいいなって思ったんですが、渡せるものがないなって思って」 少し寂しそうにアレルヤは部屋を見渡す。 アレルヤの部屋には確かにものが少ない。 本人が必要のないものを無理に置くことはないのだ、ロックオンは彼の性質だと思っている。 「いいんだよ。俺はもらって欲しかっただけだから」 アレルヤは困ったように一度笑ってから頷いた。 「うん。ありがとう、ロックオン」 |