15.5








 2298.Feb.14.

 カフェテラスに続く廊下で見覚えのあるポニーテールの後姿を見つけ、ビリーは声を掛けた。
 彼女はそれに気がつかず、もう一度、先ほどより少しだけ大きな声でビリーが呼ぶと、辺りを見回して、それからビリーに気がついた。
 振り向いた彼女に手を上げて挨拶をしたビリーは、彼女の手に通信端末を見つける。
 気がつかなかったとはいえ、ビリーは少し申し訳ないような気持になったが、自分を呼ぶ者の姿を確認し、彼女は微笑んで応えた。
 彼女の前まで歩く間に、通信は終わった。
「ごめん、話し中だったんだね」
 邪魔をしてしまったかなと詫びるビリーの言葉に、彼女は首を振る。
「いえ、すぐに終わる内容だったので」
 追いついたビリーと並んで、彼女は再び歩を進める。
「これからお昼ですか?」
 ランチタイムのカフェテラスは学生であふれている。
 冬の間は屋内でランチを取るものが多いので余計にだった。
「ああ。今来たとこで、ちょうど外で買ってきたんだよ」
 手に持った袋を持ち上げる。それは大学近くに最近できたばかりのドーナツ屋の袋だ。
「新しいお店の。早速ですね」
「もちろんだよ」
 ビリーがドーナツを好きなことは彼女も知っている。神妙な顔で頷く様子に笑顔をこぼす。
 彼女の笑顔につられるように、ビリーも微笑む。
 それから袋からチョコレートの掛ったドーナツを取り出し、袋を小脇に抱え器用に紙で包んだ。
「おやつにどうぞ」
「え、悪いですよ。お昼ごはんですよね?」
 恐縮する彼女にビリーは首を横に振る。
「ドーナツはね、たくさん買うものなんだよ」
「なんですかそれ」
 二人は同時に笑い、それから彼女は差し出されたドーナツをそっと受け取った。
「ありがとうございます。じゃあ遠慮なくいただきます」
 彼女の手に渡った包みを見てビリーは嬉しそうに目を細める。
「リーサ!」
 後ろから聞こえてきた声にビリーは振り向く。
 彼女は声の主に手を上げて応えた。
「友達とお昼の待ち合わせをしてて、さっきの電話で」
 彼女は心なしか申し訳なさそうな顔をする。
 ビリーは気にしないでとほほ笑む。
「じゃあ、午後の講義も頑張って」

『日本ではバレンタインにチョコを贈ることが多いんだけど、知ってる?』
 去年の2月14日、親戚の集まりで久しぶりに顔を合わせた叔母はビリーにそう言ってチョコの入った小さな箱をくれた。
 叔母は大の日本びいきで、親戚の子供達にとチョコをたくさん買ってきたらしい。
 ビリーは叔母にとってまだ子供の中にいるのだと、従姉は笑った。
 2月14日、出来たばかりのドーナツ屋を早速訪ねたビリーは、チョコ掛けのドーナツに叔母の言葉を思い出した。
『君にもらって欲しい』
 それはビリーのささやかで小さな願い。