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 その年その月その日に本当に自分が生まれたという証は何もないのだけれど、自分を構成する情報、自分の持ち物として大切なもの。

 明日はアレルヤの誕生日だ。
 それをアレルヤ自身が思いだしたのは、部屋で見た彗星のニュースを聞いた時だった。
 観測された彗星は4万年に1度地球に最も近づき、地球では昨日と今日の夜、北半球の一部の地域で観測することが出来るのだという。
 4万年に1度の日、その日付を意識した時、アレルヤは自分の誕生日を思い出した。
 アレルヤはソレスタルビーイングに来るまで、誕生日を特別な日として迎えたことなどなかった。そんな余裕などどこにもなかった。
 組織に属し、訓練に明け暮れる日々。一時のものだとしても平穏な時間を得たというのに、ぼんやりし過ぎても反対に忘れてしまようだとアレルヤは思った。
 明日彗星が見れたなら、それは自分にとってちょっといつもより特別な日になったかもしれない、アレルヤは不意にそう思ったが、映し出された彗星の軌道の映像を見て更に肩を落とした。彗星は地球を挟んでプトレマイオスの正反対を進んでいたのだ。
 それでも、映像の中の尾を引く星を見ているうちに、誘われるよな気持ちになり、アレルヤは部屋を出た。

 展望室は宇宙という常夜の海の中にある潜水艦にいるように、大きなガラス越しにきらめく星を見ることができる。
 どれだけ宇宙にいても、この景色に見慣れても、ふとした瞬間にその美しさに目を奪われる。
 アレルヤはぼんやりと眺めた。
 不意にガラス越しに動いた影にアレルヤは振り向くと、ちょうどロックオンが展望室に入ってきた。
 彼はいつもの明るい笑顔で手を上げ、アレルヤのそばまで来た。
「ずいぶん熱心に見てるけど、何か面白いものでもあったか?」
 アレルヤは首を横に振る。美しいけれど、そこにあるのは見慣れた宇宙だ。
「地球に彗星が近づいてるってニュースで聞いたんだ。4万年に1度の接近だって」
 受け売りをそのまま口にすると、ロックオンは感心したような声を出し、更にガラスに顔を寄せた。
「じゃあ宇宙にいる俺達は、地球で見るより近く見えるのかな」
 期待した目をするロックオンを見て、アレルヤは先ほど自分も同じような顔をしたかもしれないと目を細める。
「残念だけど、今ちょうど地球を挟んで反対側の軌道上にいるんだ」
 アレルヤの言葉にロックオンは一瞬目を丸くし、何だ惜しいなぁ、と苦笑いを浮かべた。
「4万年に1度なんて、奇跡みたいなチャンスだよね。そんな素敵な偶然はなかなかやってこないよ」
 偶然の機会、偶然知ったことなのに、口にしてしまうと、自分が思っていたより残念に思っているようで、アレルヤは自分に少し驚き、それからしまったと思った。
 なんだかひどくネガティブなことを言ってしまった。
「4万年に1回、見れるかどうかは置いといて、次来るって分かってる彗星より、たとえば人が生まれてくるって方がよっぽど奇跡的だろ」
 静かに、何でもないことのようにロックオンは言う。
 突然変わった話題にアレルヤはきょとんとする。
「そうですか?」
「そうだよ。だって俺もアレルヤもそれぞれ一人しかいなくて、地球にいる全ての人間が全部違うんだぜ。その彗星はまた周期が来て何万年か後に同じことが起きるならまぁ俺達はそれを見られないかもしれないけど、珍しいってくらいじゃないか」
 ロックオンは大業そうに頷く。
 スケールの大きいような小さいような、妙な話だ。小さいといえば遺伝子レベルの話で、人間という括りとして考えてしまえば、みな同じになってしまうのだが。
 それでもロックオンの個に対するの考え方は好ましいように思えた。
「そんなものですかね」
「まあたとえばの話だけどな」
 自分の言った言葉に照れを感じ出したのか、ロックオンは少し目を逸らす。
「まぁさ、こういうのは、見れたらラッキーくらいでいいんだよ」
 それともお前、そんなに星が好きなのか?というロックオンにアレルヤは首を横に振る。
 どうしても星が見たいわけじゃない。きっと、自分が何にも特別じゃなくてちっぽけな存在だと気がついて、不意になんだか感傷的になっただけなのだ。
 些か逸れた話は、ロックオンの気遣いだったのだとアレルヤはようやく気付く。
「じゃあ星も楽しんだし、寝る前にお茶でも飲んでけよ、な」
 軽く髪に触れた手に、アレルヤは頷いた。

 その年その月その日の数、積み重ね生きてきた自分が一つ年を重ねる前に、こんな仲間がいることを思いだし、アレルヤは嬉しく思えた。