19








 今日はロックオンの誕生日だ。
 その日はロックオンにとってとても大事な日で、なぜならそれは彼の双子の弟の生まれた日だったから。

 つまらない守秘義務だなんだという問題で、ソレスタルビーイングでは互いに経歴など喋ったりすることが殆どない。
 ロックオンも来た当初、小さな会話の縛りに辟易したこともあったがそれもすぐに慣れた。
 社交的、もしくは構いたがりの彼は近すぎない程度に友好的な距離を作った。
 目の前のことに集中すればそれは同時に過去のしがらみをほんの一時意識しないで良かったから。
 それでもロックオンがソレスタルビーイングに入る前から持ってきていて今も大事にしているいくつかのものがあり、その一つが双子の弟の誕生日だった。
 それは生きて年を重ねることの喜びを教えてくれる。
 思いが募り過ぎて、時々自分の誕生日を忘れるほどに。

 プトレマイオスの航路を確認し、ロックオンはそこを訪ねた。
 展望室から見える地球。
 そこに弟の足がついていて、彼の力でしっかりと歩いていると思えば、ロックオンにとってそれ以上幸せなことはない。
 その周りに広がる宇宙の美しさは、初めて上がった時の新鮮さは失われても思い返す度に魅入るものがある。
 それでも、人が一番美しいと思うのは故郷、青い地球なのだろう。ロックオンはそう思っている。
 ここで見る地球は青すぎて、その中で起こる諍いに立つ砂埃も、争いに巻く炎も小さすぎて見えない。
 こんな日は少し寂しくて、しかし心は凪ぐ。
 ああ、感傷的になっているな、なんて思いながらも、あそこにいる存在を思うと見ないではいられない。
 誕生日を迎え、愛する弟の生きて積み重ねた日々がまた1年の区切りを付けたというのが嬉しい。
 床にしゃがみ込み、ガラスに凭れるように、あの青に寄り添えたらいい。
 もうずっと長いこと会えてはいないのだけれど。
 頬を押し付けたガラスの冷たさに、ぼんやりしていた頭が少し冴える。
 そうして少し顔を上げた先でガラス越しに映った人影を見つけロックオンは振り向く。
 展望室の入り口にアレルヤが近付いてきていた。
 ロックオンが振り向いて手を上げると、アレルヤは応えるように微笑んだ。
「ここにいたんですね」
 わざわざ探していたのだろうか。ロックオンはガラスから体を起こす。
 特に誰からも連絡はなかった…と思い、ポケットに手を当て気づいた、端末を部屋に置いてきたのだ。
「すまん手ぶらだった。何か用だったか」
「用ってわけでもないんですが、ちょっと一緒にコーヒーでも飲まないかなと思って」
 不用心を責めるでもない言葉にロックオンは胸をなでおろす。
「ああ付き合うよ。部屋に行くか?」
「いえ、せっかくだからここで。ちょっと待っててください」
 体を起こし掛けたロックオンを制して、アレルヤは楽しそうな顔で通路に出た。

 アレルヤはすぐに戻ってきた。その手にはボトル入りのコーヒー、もう一方で皿を持ち脇に自室の薄いケットを抱えている。
「大荷物だな」
 ロックオンは笑ってコーヒーを受け取った。
「何だかじっとしてると寒そうな気がして」
 確かにガラスにずっと触れていた肩は少し冷えたかもしれない。アレルヤの気遣いが嬉しい。
 アレルヤはロックオンの膝にケットを掛けると、横に潜り込むように座って、それから持ってきた皿をロックオンの前に差し出した。
 それはクリームと少しのフルーツで飾られたパンケーキだった。
「一緒に食べよう」
 艦内でこんなものを見たのは初めてでロックオンは目を丸くする。
「どうしたんだこれ」
 アレルヤはロックオンの問いを待っていたように、嬉しそうに頬を緩める。
「スメラギさんがね、フェルトとクリスティナにって作ったんだって」
「何で?」
「今日は女の子の成長を祝う日なんだって言ってたよ。それでおすそ分け」
「へぇ」
 日頃から仲の良い女性クルー達がこの即席のケーキを食べる様子を思い、ロックオンの表情も緩んだ。
「あ、俺ももらっちゃってよかったのか?」
 アレルヤは頷く。
「せっかくだからロックオンにも持って行ってって。刹那はスメラギさんに捉まってたよ」
 強引なところもあるスメラギにつかまって刹那も上手くかわせなかったのだろう。恐らくそこにある好意も知っていたから。
 しぶしぶ連れられて行く刹那を想像してロックオンは笑った。

 もらったケーキを食べ、温かいコーヒーを飲み、語らい、ロックオンはふと思いついて展望室の灯りを消し、二人は1枚のケットの中でごろりと寝そべった。
 頭の上には満点の星空。
「キャンプの夜みたいだな」
 記憶の中の光景が思い出された。
 あの時草むらに、隣に寝転んだのは弟だったけれど、触れ合う肩のアレルヤの温度にまどろむ。
 ロックオンの声にアレルヤも少し首を反らせるようにガラスの外に目をやる。
「面白そうだね」
 アレルヤは知らないかと思い一瞬胸が痛んだ気がしたが、アレルヤの声に陰りはなく、その後に続いた小さな笑い声に、ロックオンは安堵した。
「ここにいる僕らの間では特別な日ってなかなかないけれど、僕も嬉しかったんだ」
「そうだな」
 少し照れを含んだ声音に目を細め、ロックオンは何度も頷いた。

 一つだったものが二つに分かれ、並んでで成長した。個を確立した頃、一つはどうしてか自ら離れていき、そして年月を経て大気圏すら隔てるほど二つは離れた。
 自分が思いがけず温かな時間を得たように、今日という日が幸いであるように、ロックオンは目を閉じて願った。