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 言い方は良くないかもしれないが、思えば都合が良いと言えるところがあったのだ。彼、アレルヤ・ハプティズムという存在は。
 マイスターである自分はソレスタル・ビーイングの中でも守秘義務が課せられている。
 たとえ事情を理解していても、そういった情報を共有せず、周囲の人間と深い繋がりを作るのはなかなかに難しい。
 ましてはある意味同僚と言える立場となる人間、四六時中一緒にいて軽い気持ちで誰かと恋愛関係を築くというのも気が引ける。築くつもりも毛頭ない。
 それでもふとした瞬間に、人恋しさを感じるのは一つの人間の、言い方がおこがましければ、自分の性なのだと、苦笑いで思いをやりすごしていた。
 だからそれは、魔がさしたというか、甘えというものかもしれない。

 マイスター達の訓練も、本格的に宇宙空間での演習へと段階進んでいた。
 ガンダムデュナメスのライフルが飛行形態のキュリオスに次ぎ高い機動性を持つエクシアの動きを追う。実際のビームではない、一つのシュミレート訓練だったが、実際的なモビルスーツの動きの多彩さにスコープに繋がるロックオンの全ての器官は緊張を強いられ疲弊を余儀なくされる。
 同じマイスターの刹那の操縦するエクシアに対し、もちろん通常のシュミレーションでの命中率を維持することはかなわなかった。それでもスメラギの出した目標値を辛くもクリアし、ロックオンはデュナメスを降りた。

 疲労に重い体を漂わせ、ロックオンは一人、部屋へと戻る。
 片手でパイロットスーツの襟元を緩める。
 ハロはロックオンのデータごと刹那に奪われ、イアンの元へと連れていかれた。ガンダムに関しては向上心の塊である最年少のマイスターは前回よりも命中率を上げてきたロックオンを、仲間と認めながらも対抗心に燃えているのだろう。
 しかし、粒子出力と機体制御、それからパイロットへのGの耐性などの問題からシステム系統の変更は易々とは適わないだろう。
 ミーティングを終え、奪うようにハロを持っていった刹那の視線の強さを思い出しロックオンは笑う。
 それは見習いたい姿勢だが自分は疲労困憊で、でもうっすらと熱を抱え持ち、早く熱いシャワーでも浴びてすっきりしてしまいたい気分だった。
 ヘルメットを片手に器用に袖を抜く。クリスティナなどに見られたら、だらしないと怒られそうだと頭の端でぼんやりと考えながら、だらりとそれを腰に纏わらせながら進んでいく。
 通路の先、開け放たれた扉に気づき、ロックオンはそこを覗き込む。キュリオスのドッグに繋がる控え室だ。
 顔を覗かせたロックオンに気がつかず、アレルヤがベンチに座っている。目を閉じ、手にはドリンクのボトル。袖の部分を抜き、ロックオンと同じような出で立ち。
 アレルヤも訓練を終えたところだろう。
「アレルヤ」
 ロックオンの声にアレルヤはうっすらと目を開き顔を向けた。
「ロックオン」
 手を上げて応えるとアレルヤは表情を緩めた。
「そちらも訓練終了ですか」
 頷きながら中へ進む。空気を切る小さな音を立て、背中で扉が閉まる。
 アレルヤがヘルメットを退けたそこに並んで掛ける。
「ああ、刹那はまだドッグに残ってるけど」
 息を吐き、肩をぶつけるようにその背に懐く。
「ロックオン?」
 体重を預けたところがじんわりと温かい。凭れた重さに背中はびくともしない
「俺はくたびれた」
 思った以上に情けない声が出た。アレルヤの背が少し揺れる。笑ったのかもしれない。
 黙ってそのままにしている背中に、ロックオンは転がるような妙な具合に体を揺らし押しつける。
 体がずり下がり、今度は肩甲骨に頬を押し付ける。
「どうしたんですか」
 どうしたいんだろうと、考える。
「甘えてる、あと少々欲求不満」
「欲求不満…」
 言葉の意味を測りかね、アレルヤは反芻する。
「訓練中ってアドレナリンが出てるっていうかなんていうか」
「ああ」
「だからこれは満たすか、発散するかしないと」
 自分は何を言っているのだろうと息を吐き話を切る。
「しないと?」
 背中の動きを伝ってロックオンは気づいて少し寄り掛かる重みを離し視線を上げる。首を巡らし振り返るアレルヤと目が合う。
 真っ直ぐな瞳に、促してくれるなと自嘲的な思いがこみ上げる。
「どうにかなっちまえればいいのにな、って」
 口元は笑う形を作れたが、目はつい空を漂った。
 自分のずるさから目を背けたかったのかもしれない。
「ロックオン」
 体を起こし向き直る。聞いてはいけないのに目で続きを促す。
「あんまり溜めこむのは、よくないよ」
 柔らかく笑ったアレルヤに手を伸ばす。
「ロックオン?」
 片方の手の平で視界を覆い、もう片方でアレルヤの首を引き寄せる。
 あんまり簡単に、欲しい言葉を吐き出す口を口で塞ぐ。
 触れるだけ、頭で3秒カウントしそっと離れる。
 解放されたアレルヤは目を丸くしていて、ロックオンは苦笑いを浮かべて、離れたばかりの唇をそっと指でなぞった。
「溜めこんじゃいけないな。言う通りだ」
 ロックオンはヘルメットを掴むと、踵を返し、アレルヤをおいて控室を出た。
 背中に名前を呼ぶ小さな声を聞いたが振り返りはしない。

 乾いた唇の感触を思い出し指でなぞる。
 マイスターの中では社交性もあり、他愛無い会話を、コーヒーに誘う気安さを持っている。
 体重を預けられる広い背も、ちょっとしたスキンシップを拒まない無頓着さも持っている。
 そしてアレルヤの優しいところを自分は知っている。彼が不器用で、その優しさの表し方の拙さを知っている。
 簡単に、誰かを許してしまう浅はかさを、優しさと勘違いしている。
 でもそれを利用してしまう自分のずるさを知っているから、ロックオンは自嘲気味に笑って目をつぶる。