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 引き金を引きながら、おもちゃのペイント銃を思い出す。
 もし実際のビームが放たれていたら、あのオレンジ色の塊は既に何十回宇宙の藻屑となっているのを知っている。

 アレルヤのキュリオスとロックオンのデュナメスの合同訓練だった。
 しかしキュリオスの動きはどこか鈍い。スメラギからの入電で、その訓練は予定の7割の時間で切り上げられた。
 終了後のミーティングも、少し俯き『すみません』を繰り返すアレルヤに埒は明かず、共にその日のシュミレートを禁じられ訓練は終了した。
 控室を出ていくアレルヤに続きロックオンも扉を抜けた。
「珍しいなお前の不調」
 ロックオンは前を進むやはり俯いたままのアレルヤの背中に声を掛ける。
「そうですね」
 振り向かないまま返事があった。
「体調不良か?」
「いえ」
「まぁそうだよな」
 体調不良の状態での訓練など無駄なことはしない。
 しかしメンタル面での不調だったとして、それはそう易々と他人に分からない。ましてや訓練が始まる前にはそんな様子には見えなかった。
 もう1週間以上前のことだが、アレルヤを惑わすようなことをロックオンは一度した。
 しかしその後のアレルヤに変わった様子はなかった。翌日始めて顔を合わせた時、ほんの一瞬窺うような目を向けてきたが、ロックオンがいつもの調子で挨拶をしたことで全くいつもと変わらない様子になった。
 いまさらと思う気持もあるが、人の気持は複雑で、何かを引き金に彼の胸にわだかまるものが生まれたのかもしれない。しかしロックオンに思い当たるのはそれくらいのことだ。
「何かあったのか?」
 誘導するようなことはしたくないが、あんまりにも不躾な言い方だと、浮かびそうになる苦笑いをかみ殺し聞く。もし自分に何かしらの原因があるのならどうにかすべきだろう。
 アレルヤの肩が小さく揺れた。
「言いたくなけりゃ言わなくてもいいけどな」
 アレルヤは黙っていたが、ふと立ち止まる。
「あなたの訓練にも支障が出ました。すみません」
「そんなのは気にしなくていいんだよ」
 振り向かないアレルヤ。どんな顔をしているのか気になるけれど、振り向いて欲しくない。
「今まで、あまり気にしなかったんです。これは訓練だし、あなたは仲間だ」
 話す気になったらしいアレルヤにロックオンは黙る。
「でも今日、ふと思ったんです」
 アレルヤが振り向く。
「あなたに撃たれるのが怖い」
 言ってから、アレルヤは自らの言葉を否定するように首を振り、顔を上げてロックオンを見た。
「違いますね。真っ直ぐに僕に照準を合わせるあなたが怖い」
「俺が?」
 目を見開いたロックオンに、アレルヤが鳴きそうな顔に顔を歪め笑う。
「あなたは仲間で、優しい人だと知っているのに。これが訓練の一環で、あなたがキュリオスに銃口を向けるのは当たり前と知っているのに」
 閉じた瞳を縁取るまつ毛が震える。
「僕はあなたの優しさを一つの好意と勘違いしていた。それから今日、あなたはもしもの時には、それが正しいことであれば、僕を撃つことを躊躇わないだろうとはっきり思いました。もちろん、それは僕の勝手な妄想かもしれないけど」
「アレルヤ」
「これは訓練だ逃げないとと思うと、気持ちばかりが急いて、操縦を誤り散々な結果です。でも、怖かった」
「アレルヤは、キスを気にしたのか?」
 少し考える風にアレルヤは首を傾むけた。
「それ自体は、たぶんあまり。ただ、僕たちがいるのはこんな場所で、あれは一つの好意の表れなんじゃないかと僕は思ってしまったから、もしそんな関係をどこかで築けても、絶えず終わりを考えてしまうのではないかと。でも、そんな刹那的な思いは悲しいし。そもそも自分には作れないものと思っていたから、作れるんじゃないかと勘違いするのも辛い」
「辛いか」
 アレルヤはがくりと頷き、そのまま俯いた。
 自分の短慮を胸の内で笑う。彼は単純だけれどそう鈍くない。
「アレルヤ、」
「辛いけど嬉しいんです」
 言いかけたロックオンを遮るようにアレルヤが声を出す。
「どんな形であろうと僕なんかが誰かの気持を占め、求められるって。そしてそれが、たぶん僕のもっていないたくさんのものを持っているあなただって」
 違わない、でも買い被り過ぎだと言葉を止めたい。
 でもアレルヤを止められない。聞くことは自分の義務だ。
「あなたは僕のしたいことを知っていて、知りたいことを教えてくれて、でもきっとあなたは僕の前から立ち去るのなんてなんでもないのに、ほんの一時それを利用して、欲しいものを得て、なのに僕はそれを、それが、僕も欲しいんです」
 言いたいことをあらかた出し切ったのか、アレルヤはふうと息を吐いた。
「俺はずるいな」
「ロックオンはずるいです」
 間髪入れず、アレルヤが言う。
 いけないと思うのに、子供っぽさが感じられ笑みを誘われる。
「でも俺はアレルヤが可愛いよ」
 俯いたアレルヤの前に手を差し出す。
 言い当てられてやめるわけがない。ずるさなんて知らずに、始めようとしたわけじゃない。
「本当にずるい。でもあなたは始めようとするんだ」
 アレルヤが腕を上げる。
 顔を上げて真っ直ぐにロックオンを見る。射られるような鋭さに貫かれたいと背が粟立つ。
 グローブ越しの長い指が手首を掠め、ロックオンは待ち切れずアレルヤの腕を引く。