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 恐らく眠るというのとは少し違う。
 ただアレルヤが眠ってしまっていると、アレルヤをの周りで発生する情報が識別されず、入ってこない。だからハレルヤも知覚出来ない。
 その時の自分は閉じているようなものだ。何を、自分を。世界から。
 例えば目を覚ます時、けたたましいアラームの音をアレルヤが認識した瞬間それはハレルヤに届く。
 覚醒は一瞬で、まどろみゆらゆらと浮上するアレルヤの意識とは別にハレルヤは音源を認識している。必要があれば内からも警鐘を鳴らすこともある。

 アレルヤの視界に入ったものをハレルヤは見る。
 アレルヤの注意の向いたものが最もハレルヤに伝わってくる。しかしそれはカメラのフォーカスのようなもので、映像のようにそれを捉えられたそれの中でハレルヤは自分の意識でものを見る。
 だから時折アレルヤの注意の向かなかった何かを、ハレルヤだけがはっきりと覚えている。
 この体の主体がアレルヤである限り、ハレルヤを一つの個と認識する形はない。人格、精神が彼の個である。
 それは人と違う存在で、眠りと忘却を持たず、蓄積を続ける。
 アレルヤの生にハレルヤは不可欠で、だからこそそれに耐えうる。

 ソレスタルビーイングに入り、出会った人々に対し、アレルヤはとても穏やかな気持ちを持っていた。
 ここにはアレルヤを傷つけるものはなく、探るものもない。
 組織のことガンダムのこと訓練のこと世界の情勢のこと、話題の中心はそれらだったが、話の得手不得手はあっても、誰とでも日常的に会話が成立する。
 普通ということが初めアレルヤをほんの少し困惑させたが、周囲が『まだここに慣れていない』という認識を持っている間に、彼は人付き合いを覚えた。
 それを知り、ハレルヤはアレルヤの『独り言』を気に掛け、しばし悪態を引っ込めた。
 アレルヤもそう話上手なわけではなかったから、話し好きのイアンやクリスティナ、同じマイスターではロックオンなどとはリラックスして話が出来るようだった。
 ティエリアや刹那は本人が無口過ぎてガンダム以外の話が殆ど出来ないが、こちらにも会話を求めてこないので困ったりはしない。話しやすいが、スタイルのいいスメラギと話すときは時々目が泳ぐ。初対面で口笛など吹いたハレルヤのせいだろう。
 ハレルヤはそれらを面白く見ていたが見ていたから気がついた。アレルヤの見ているものと、アレルヤを見ているものを。
 始めは気安さがそうさせたのだろう。アレルヤはよくロックオンと話していた。常に手袋をしている彼のスナイパーとしてのこだわりを知り好ましく思っていること。戦うためのガンダムのことを話す時も、概ね穏やかな顔をしていること。時折ニュースで悲しい報を聞くと静かに押し殺した悲しみか怒りを短く言葉にすること。
 アレルヤが共感したり憧れたり出来るものをロックオンは持っていた。
 それから、話の最中笑ったロックオンの目がこちらに向いた時、その緑色にアレルヤが引き寄せられているのにハレルヤは気がついた。
 アレルヤが見るから、アレルヤに向くロックオンの視線にもハレルヤは気がついた。
 訓練後の、お疲れという言葉と共に、肩に触れた手にアレルヤが驚かなくなったこと、コーヒーを手にした突然のおとないに動揺しなくなったこと。
 ロックオンはそんなアレルヤの変化を知っている。なぜならアレルヤを見ているから。

 アレルヤに害をなすものは何が何でも排除してきた。
 だからもしロックオンという男がそれに該当するならば、アレルヤの好意がどうであろうとハレルヤは否定する。
 見極める必要があると思い観察を続けていたが、まさかその男がセックスを要求してきたのには、さすがにハレルヤも面食らった。
 キスなどしてきたと思ったら、弱っているアレルヤに気遣いなど見せるロックオンに、こいつはアレルヤとどんなままごとを妄想してやがるんだと、気色の悪さに、持たない体に悪寒が走ったような気持になった。
 しかしそれが、実際には直接的な欲求を切りだすために仕掛けたものだと解し、我に返って吹き出しそうになった。
 寂しさに、人恋しさに、せめて人肌を求めたがる男の考えが、馬鹿らしいのに分からなくもなくて、ハレルヤは制止の言葉を引っ込めて、傍観を決めた。
 眠る時、自らを抱きしめるように身を縮めるアレルヤをハレルヤは知っている。
 そしてアレルヤが取ったその手の温度をハレルヤは忘れない。