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 アレルヤには言葉が少ない。
 口数は普通か、見知った相手ならむしろ多いくらいかもしれない。しかし語彙が貧困で、感受性という意味で鈍くはないのだけれど、表現する方法が身に付いていない。
 ここに来て、アレルヤは並の生活を手に入れた。自分の部屋が与えられ、自由に使える情報端末など渡された。
 もちろんこの組織の特殊性は理解していたが、ハレルヤにとっても与えられたこの環境は悪いものではなかった。
 トレーニング中に音楽を聞いたり、休憩時にテレビや映画を見たり、本と新聞は以前からアレルヤに習慣づけていたからそれも。
 それは一種の情操教育で、ハレルヤはアレルヤに色々なものを見聞きさせた。
 ハレルヤはアレルヤがものを区別ことを望んだ。何が好きで嫌いで良くて悪くて必要で要らないのか。
 多くの情報に触れ、アレルヤは少しずつ変化しているようにハレルヤは思った。
 それでも、より豊かになった感受性に対し、言葉はなかなか追いつかない。
 しかし、それについてはハレルヤは特に危惧したりしない。
 アレルヤの存在は絶対だが、ハレルヤがどう望んでも、実際に変わるかどうかはアレルヤ次第だったから。
 それに言葉など足らなくても、アレルヤの左目は何よりもものを語るのがうまかったりするのだが、本人はそれを知る由もなく、もどかしさばかりが募るらしい。
 でもそれは仕方がないことだ、アレルヤはそんな人間なのだから。

 息を詰め、組み敷いた男を見つめる。
 その無遠慮な目を、男は時に咎め、時に恍惚と受け止め笑ったりする。反応に違いがある理由は簡単だ。その時楽しい方。どう反応すればアレルヤに効くのか知っているのだ。
 嫌な男だ。
 ハレルヤはアレルヤの視線を釘付けにする目の前の男、ロックオン・ストラトスを睨み付ける。
 正確にはアレルヤの目は一瞬なだらかな弧を描いた淡い色の唇に注がれ、息苦しさに開いた隙間から見えた白い歯に注がれ、喘い持ち上がった赤い舌に注がれ、今更な羞恥心に思わず目をつぶり、しかし研ぎ澄まされた感覚がこれほどない熱さを伝え、堪えきれずに目を開く。
 そして湧き上がる欲の茹だるような熱さに、浮かされたように腰を打ちつける。
 ロックオンに対し発生している溢れるような感情を、上手く形にする事も出来ず。
 馬鹿な奴。



「ロックオン、ロックオンっ」
 アレルヤは、その言葉しかしらない生き物のようだった。
 揺れる前髪の隙間、伏せた目のほんの僅かに金色が覗き、ロックオンは苦笑を浮かべた。
 あの目は咎めている。
 もちろん、片目だけギョロリと動いたなんてことはない。ただの妄想かもしれない、それでも僅かに見えた色のザラつきをロックオンは確かに感じたのだ。
 ハレルヤと実際に話したことは殆どなかったけれど、アレルヤの話の端々に現れる彼を、その攻撃的な性質を知ってからもロックオンは嫌いにはならなかった。
 不思議で不確かな存在だけれど、確かにいて、常にアレルヤのことを考えている。方法は極端だけれど、アレルヤの為に生きて行動している。
 そんな奴がこの状況にちょっかいを出してこないというのは、ロックオンはアレルヤの何かしらに必要なもの、もしくは排除までする必要ではないものとして認識されたということだろう。
 ハレルヤの存在を知って、彼がアレルヤと自分のこんな状況を全て知っていると知った時には、驚きと羞恥とあと薄ら寒さで頭の中はぐちゃぐちゃになった。
 顔に出ないように己を叱咤したが、つい少しだけ妙な顔をしてしまった。
 しかし、考えているうちに、ハレルヤに拒絶されてはいないということにロックオンは気がついた。
 もしかすると、アレルヤが宥めているのかもしれないが…もし本当に拒絶するつもりなら、今までいくらだって出来たはずなのだ。

 思考が散乱する。ロックオンは打ちつけられた腰の奥の熱さに息をつめる。
「ロックオンっ、僕もう」
 頭を振って熱をやり過ごし、アレルヤを見返す。
「な、キス、してくれよ」
 言い終わらない内に肩にしがみついていた右手を、首の後ろに回し引き寄せる。
 慌てながらも、引かれる動きにならい、アレルヤは上体を下げる。
 ロックオンは左手で、降りてきた美しい顔を確かめるように撫でる。
 触れるだけ、すぐに離れた唇に息が掛かる距離で名を呼ぶと、それ以上は離れていかず、焦点の合わない距離にめまいを感じながらも目の前いっぱいの灰色を見つめる。
 闇の黒をほんの1滴、澄んだ水に落ちたら、そこにあるのは暗さではなく、静けさではないだろうか。アレルヤのそんな静かで澄んだ瞳がロックオンは好きだった。
 しかし今、それは潤み、欲という名の色を鮮やかに帯びている。
 これは自分のせいだ。
 熱に浮かされ、アレルヤにこんな目をさせている。
 暗い喜びに胸が高鳴る。
 頭を上げ、その目尻にキスをする。
 ぎゅうと閉じられた瞼の動きに連動し、睫が震える。
 頬から髪へ撫でる左手を移動させる。
 髪を梳くように二度三度、させるがままのアレルヤに、ロックオンは小指に髪を引っ掛けて、そのまま後ろに梳き上げる。
 不意に晒され、驚き見開いた灰色と金色の目がこちらを見る。
 神秘的な二つの色の美しさにに、引かれるように今度は金色の目の縁に口付ける。細められた二つの目がほんの一瞬鋭い光を放った。
 ハレルヤだ。
 不意にこれ以上ないくらい膨張したアレルヤに、急速に集まった熱に驚きロックオンは下腹部に力を込めたが、堪え切れずに熱を放った。



 アレルヤは肩で息をしながら空気を取り込んだ。
 ロックオンは同じように、激しく胸を上下させながらも、目だけは離さずにこちらを見ている。隠れるところがない状態でゆると首を振るとロックオンの手は素直に離れ、前髪は乱れながらも常のように金色の目を覆った。
 乱れを梳くように伸びてきた手をアレルヤは取った。
 そっと腰を引く。
 ズルリと抜き出す感触にロックオンの眉が僅かに寄ってすぐに解けた。その間も目が逸らされることもなく、一瞬一秒残らず見つめられた。
 澄んだ碧が浅ましい自分の全てを見ていた。
 髪をかき上げられた瞬間、ハレルヤが息を詰めた。ハレルヤの剥き出しの神経が、突然晒せれた。
 アレルヤの肌を伝った全てのものが、二人分の熱を生み、濁流のように体を走った。
 震えるような快感に、ハレルヤが苛立たしげな舌打ちをしたが、悪態は口をつくことはなく、奥歯を噛みしめるようにして黙った。
 一緒に射精してしまったから。
 目眩がする。酸欠に喘ぎ、吸い込み過ぎた空気が喉を冷やすのにハレルヤは我に返り『とっとと抜け!』と叫んだ。

 腹を濡らしたものが急激に冷めていく。恐らく伝い流れたアレルヤのそれも同じようにロックオンの足の間を冷やしていく。放った瞬間から熱を失っていくはずのそれなのに、体が離れた瞬間から冷えていく気がする。
 ハレルヤもそれを知っている。でもきっとそれを言ったら怒るとアレルヤは知っている。
 取った左手を持ち上げ、指に小さくキスをする。
 こんな時、目を細めるロックオンの顔がアレルヤは好きだ。
 でも今は素直に楽しめない。
「僕だけじゃ足りなかったの?」
 急に巻き込まれたハレルヤが怒っているように、不意にハレルヤを引きずり出したロックオンが何を考えているのかアレルヤは分からない。
 ハレルヤの存在を認めた後も、こんな時ロックオンはハレルヤを意識しているようには見えなかった。
「何が」
 掠れた声で聞いてくるロックオンにアレルヤは苛立つ。
「ハレルヤが拗ねちゃったよ」
「何でだよ」
「だって一緒にい、」
 言いかけて、突然大声を上げたハレルヤにアレルヤは驚き肩を震わせる。
「…巻き込まれたって怒ってる」
 言葉を濁して言うと、ロックオンは笑った。
「いっぺんに見てみたかったんだよ」
 意味が分からず、無言で続きを促す。
「だってきれいじゃないか、お前の目」
 アレルヤは嫌そうに眉を顰めた。
「あなたの方がきれいです。僕のは、変なんじゃないですか」
「珍しいけど、変じゃないよ。すごいきれいだ」
 手を伸ばそうとするロックオンの右手をそれでもアレルヤは避ける。
 しつこく追うことはなく、ロックオンの手はアレルヤの腕をそっとさすった。
「でもハレルヤが一緒に出てきてたんなら、そりゃ面白いな」
「何でですか」
 アレルヤはちっとも面白くなく、ハレルヤが巻き込まれたのはつまり自分は割り込まれたのだと憤慨したいくらいの気分だ。
「だって、あいつばっかり人の間抜けな顔見てると思ったら悔しいだろ?」
「…やめてください」
 再び内側で吠えた声と、呆れた理由。アレルヤは悩まされる自分が馬鹿みたいだと辟易しがくりと頭を垂れた。