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「流星だ、カタギリ」
 声につられビリーは顔を上げる。もちろんその時にはそこにあったであろう光は既に消えている。
「残念、見逃したよ」
「一瞬だからな」
 ふと笑った声に、視線を下ろす。
 一瞬の輝きを見たであろうグラハムの横顔は、月明かりに薄らと白い頬を照らされている。
 そう珍しいものではない、しかしグラハムが見たその光を自分も見たいとビリーは目を凝らす。

 のどかな丘陵地帯にきていた。
 新しく出来たレストランがある。ビリーとグラハムは連れ立って食事に行くことは度々あったが、しかしこの日は『ついで』にすぎない。
 その店は彼らの所属する米軍の軍人墓地の一つに行く途中にあった。
 グラハムのかつての上官や仲間の眠るその場所に、グラハムは毎年同じ時期に訪れている。
 大抵はMSWADの仲間であり、彼の部下であるハワード・メイスンがそれに付きあっているらしいが、休日が合わなかったらしい。ビリーに声が掛った。
 ビリーは研究室の仲間からその店の評判を聞いて、帰りに寄ろうとグラハムを誘っていた。
 運転したがりのグラハムを制して、ビリーはハンドルを握りのんびりと丘陵地帯を走った。
 前日二人とも帰宅が遅かった為、出発も急がず、着いた時には少し日が傾きかけていた。
 膝に白い花束を置き窓に肘をつきしばらく外を眺めていたが、グラハムは常と変わらずよく喋った。彼の師の眠るその墓前にあって、彼の横顔は静かだったがそこに特別寂しげな色は見えなかった。
「行こうか、カタギリ」
 振り向いたグラハムは微笑んで言った。
 2週間ほど前にグラハムは神妙な顔で『付き合って欲しいところがある』と言ってきた。
 そこは一人で訪ねるには確かに寂しい場所で、ビリーは二つ返事で了承した。技術者の自分よりも、同じようにモビルスーツに乗る仲間であるハワードの方がこの場所を共に訪ねる者として相応しいような気がしたが、友人として自分を頼ってくれたような気がして嬉しくもあった。
 それから、ビリーもそこに眠る人をほんの少し知っていた。断る理由はなかった。
 ビリーは少し気遣うような気持で運転をかわり、食事に誘ったのだが、グラハムは拍子抜けするほどいつものグラハムだった。
「あ、うん。行こうか」
 そこに眠る人に胸の内で挨拶をしていたビリーは、明るい微笑を向けたグラハムに少し驚き少し口籠る。
「どうかしたのか?」
「いや、少しぼうっとしちゃって」
 自分の方が感傷的になってしまっていたのかもしれない。それを隠すように答える。
「本当に?」
 首を傾げながらも、頷いたビリーと並んで二人は歩き出した。
「君は今日はあんまり静かで、ついてきてもらって今更だが悪いことをしたかな?」
 思いがけない言葉にビリーの足が止まる。
「そんなことないよ?僕も来れて良かったさ」
 グラハムが声を掛けてくれたことが嬉しかったり、不義な自分が久しぶりにこの場所を訪ねるきっかけになったりで感謝をしているくらいだった。
 伺うような表情を変えないグラハムにビリーは苦笑を浮かべる。
「まぁ、正直に言うとね、僕は君の方があんまりいつも通りだから少しびっくりして。誘ってきた時はあんまり真剣な顔だったから」
 こんなことを言っていいものかとも思いつつもビリーは言った。グラハムが気にしないようにいつものようにのんびりとした口調で。
「ああ、がっかりしたか?」
「ちょっ、違うよ」
「すまん冗談だ」
 慌てた声にグラハムが言う。情けなく眉を下げたビリーの顔を見て小さく笑みを見せた。
「ここには元気な私が来なきゃいけないんだ」
 前を向いて歩きだしたグラハムに続いてビリーも再び歩き出す。
「元気で、出来れば少し成長した私でありたい。ただ…まぁ何だ、私も正直ここに来るのは少し寂しいし、少し勇気が必要なんだ」
 言葉尻に照れたようにグラハムは笑った。
 小さな強がりをビリーに伝える、ビリーが正直に言ったように。
 それは知って欲しかったからかもしれない。
 グラハムは気にしていなかったわけではない。ただ、それ以上にこの場所にくる理由を自分に課し、一人胸の内に潜ませていただけなのだ。

 墓地を出た二人は夕日を見ながらしばしのドライブを楽しんだ。
 予約をしていた小さなレストランの名物の肉料理は評判に申し分はなく、落ち着いた店の雰囲気と合わせ二人を楽しませてくれた。
 店を出た頃にはとうに日は暮れていた。
 郊外のこの街では星を遮るような強い明かりはあまりなく、星がたくさん光っていた。
『流星だ、カタギリ』
 店の駐車場でグラハムは不意に言った。
 ビリーは運転席へ回り込もうとした足を止め顔を上げた。並んで夜空を見つめる。モビルスーツに乗るグラハムにとってこんな星空は珍しくはない。
 もう一度星が流れないかとビリーも黙って見つめた。
「流星のように一瞬でも光らなくてはな」
 その言葉に振り返ると唇に小さく笑みを乗せグラハムは空を見ていた。
 流星、太陽の周りを公転する小天体が、大気に衝突、突入し発光したもの。
 儚く美しい消滅の光だ。
 グラハムの前でかつて光り輝いていたもの。それは一瞬などではなく何十年もの間輝き続けていた。しかしグラハムの目にはきっと焼きついた、最期の光が。鮮烈でありながら、同時に儚く消えた光をビリーも見た。
 グラハムが小さな笑みを携えて師の墓前を訪ねられるように、時間の流れと共に記憶は少しずつ薄れているのかもしれない。
 それが良いことか悪いことかビリーには分からない。
 優しい月明かりは鮮やかなグリーンの瞳の全てを照らしてはくれない。その光はいつもより儚い様に思え、ビリーは無性に寂しさを感じた。
 グラハムはもっと明るい。
「君はMSWADの太陽だよ」
 夜に輝く星の光より、昼の太陽の明るさだとビリーは思う。寂しさを拭うように声に出した。
 目を丸くし、それからグラハムは笑う。
「それは言いすぎだろう」
「そんなことないよ」
 君は案外恥ずかしい男だな、と言うグラハムは明らかに冗談だと思っている。
 グラハムは流星になどならない。地球の大気にぶつかり燃える、消滅の光などグラハムには似合わない。
 グラハムは軍人であり、モビルスーツに乗りエースパイロットとして争いの最前線に飛び込んでいく。それを知っていてもビリーはグラハムが落ちるところなど想像も出来ない。流星のように儚く消えたりしない。
 ビリーは夜空に視線を戻す。そこに一際明るい恒星を見つける。
「じゃああれかな」
 ビリーの視線の先を追うように、僅かに身を寄せるようにしてグラハムは顔を上げる。
 太陽が言いすぎだというなら、その星以外に思い当らない。流星よりずっと彼に相応しい。
「北極星?」
 地球の自転軸のほぼ真上、北極側に延ばした先にある恒星。
 天測航行に不可欠な唯一の固定点だ。
 人を導き、時に焦がれ、時に願いを託したりする、静かな輝きはいつもそこにある。
 見つめる星の下を星が流れる。それはやはり美しく、一瞬で消えた。