『貴様のせいで戦力が分断された』 ティエリアは激昂した。 「何故、彼が死ななくてはならない」 「何故?」 鸚鵡返しについた言葉に、ティエリアの目が見開く。 「貴様だ、貴様のせいで彼は」 『お前のせいで俺は』 憎悪の念を含んだ声に、彼が言うとは思えないような言葉が重なる。 幻聴だ。妄想だ。 そんなものに縋りたいと思ってしまう。 それは歪みだ。 刹那は顔をしかめた。 トリニティへの攻撃に対する武力介入、モビルスーツジンクスの出現による国連軍の強化による戦力の拮抗、ロックオンの負傷、戦力の分断、悪条件は分かっていた。 まして自分たちにとってトリニティは『助けなければならない』という存在ではなかった、それでも、確かめないではいられなかった。だから地上に降りた。 結果論かもしれない、それでもする必要がなかったことは、つまり自分が判断を誤ったということだ。 「俺のせいだ」 声と同時に、ティエリアの腕が動いた。 突然頬を殴られ衝撃にふらつく。遅れて、じわりとした熱を伴う痛みがやってきた。 思わず、といった風に、手を振り下ろしたティエリアの方が信じられないという顔をしている。 それをさせたのは自分だ、だからこの痛みは罰じゃない。これは罪だ。 地上に降りたから。そして、自分は彼の家族を奪った組織にいて、彼の仇を知っていたから。それを教えた。 全ての引き鉄は自分が引いた。 (それでも、あいつはもう、責めてもくれない) 「俺のせいだ」 刹那は目をつぶった。 ティエリアが掴んでいたパイロットスーツの襟元から、力なく手が落ちる。 「違う」 ティエリアの手が震える。 「君のせいじゃない、彼が目を負傷したからだ、僕を助けて」 壁に凭れた体が落ちる。 「僕のために彼は…」 システムダウンによるヴァーチェの危機に駆けつけた。 彼は当然のことをした。それでも、彼の負傷した右目を見るたびにティエリアが自分を責める気持ちも分かった。 でもそれはティエリアのせいではない。 「違う」 刹那は宇宙の闇のただ中に、漂う彼の姿を見つけた。 駆けて駆けて駆けて、不意にほんの小さく映し出された彼が、手を上げたように見えた。 瞬間、光が彼を包んだ。爆発に巻かれて。 刹那の手は届かなかった。失った、彼を。 「ティエリア」 蹲ったティエリアの肩が震えている。返事はない。 刹那は床を蹴ってティエリアの前に立った。 手は届かなかった。永遠に彼を失った。刹那もティエリアも誰も。 「ティエリア」 その肩に手を伸ばす。触れた瞬間びくりと動いたが、ティエリアはそれを振り払わなかった。 この手がまだ届くなら、触れても良いのなら。刹那は震える肩をそっと抱いた。 『貴様が貴様が、貴様がアニューを』 殴り掛る男の、怒りに歪んだ顔を見たことがあるような気がした。 「貴様のせいで、」 『お前のせいで』 フラッシュバックしたものは実際にあったことではなく、4年前に自分が望んだ愚かな妄想だ。 (俺はあいつからあんたを奪った) 自分のせいで彼は死んだ。 (俺はまたあんたの大切な人から大切なものを奪った) 何度その拳が降りてきたか分からない。 熱いと思うほどに頬が痛い。 その痛みを刹那は知っている。 それは妄想などではない。この痛み罰ではない、罪の証。己の罪を知らしめるものだ。 (みんな俺が奪った) 振り上げられた腕が止まり、力なく胸を叩いた。俯いた男の口から洩れるのは嗚咽、彼の声は聞こえなかった。 取り縋る様に、胸の上に置かれた手が震え、体が凍る。 その腕をどうやって伸ばしたのか、今はもう思い出せない。 |