33








 ロックオン・ストラトスはプトレマイオスの展望室の一つにいた。
 もうすぐ12月31日が終わる。
 その瞬間に地球を見ていたいと思い、ここにいる。
 彼の右隣に同じマイスターの刹那が緩く膝を抱えて座っている。今にも瞼が閉じてしまいそうで、傾く頭が彼の肩に触れる度驚き離れていく。

 ロックオンが食堂で夕食を取っていた時、同じ時間に刹那はそこにいた。
 別のテーブルで、一年の終わりと初めを共に過ごそうと女性陣が話していた。
 ブリッジに当直するのはリヒテンダールだからと、クリスティナがあまりに明るい声で言うから、ロックオンは少し不憫になりつつも、目の前に座っていたアレルヤと目が合い、ついひっそりと笑ってしまった。きっと同じように眉尻を下げた彼の顔が浮かんでしまっていたに違いない。
 その後も彼女達は話していた。そしてふと時差の話になった。その時、刹那が端末を一瞬開いたのをロックオンは見た。

 地球は太陽の周りを回る。その公転周期と自転の周期によって区切られた地球の暦と時間に、人はどこにいても従って生きる。
 それは制約であり規律、秩序だ。
 宇宙を漂うプトレマイオスにいて、この場所に、季節も昼と夜の区切りもない。それでも人は地球と切り離れては生きられない。でもそれでいい、それがいい。

 展望室に向かう通路でロックオンは目を擦りながら居住区に入ってくる刹那を見掛け声を掛けた。
 聞けばエクシアの整備をしていたという刹那を引きずる様にして、ロックオンは展望室に来た。
 刹那はひどく眠そうで、引かれた手を2度振り払うことすら面倒だったのか、展望室までおとなしくついてきて、床にどかりと座ったロックオンの横に、静かに腰を下ろした。

 1年の区切りをつけるのは大事だとロックオンは思っている。
 誕生日や、家族の命日、そしてこんな日は、通り過ぎていく日々の中で1年の経過を静かに伝えてくれる。
 その日は前の日とも、次の日とも変わらぬ1日でいい。ただ、それが人が決めた暦の中で自分にとって区切られたそれぞれ大切な1日であればいい。
 そしてその日に地球に、出来れば故郷にいられたら、尚のこと良いのだけれど、そう出来ない時には、こうして地球を見つめたいと思う。

 刹那の頭がロックオンの肩に触れ、離れていかなかった。
 触れている場所はほんの少しで、重さを感じるほどではなく、ただ少し暖かかった。
 刹那の故郷をロックオンは知らない。それでも、人種的特徴を色濃く示す容姿は彼の故郷を想像させるに難くない。
 中東諸国は、標準時よりも数時間前に年が変わる。
 時差の話を聞いて、小さな反応を示した刹那を見てロックオンも思い出した。
 刹那は確かにエクシアの所にいたのだろう。そしてたぶん、彼の故郷でのその瞬間を、エクシアと向き合っていたのではないか。
 こんなに彼が眠そうなのは、もしかすると、そこで一度眠ってしまったのかもしれない。


 グリニッジ標準時0時を示す。
 1月1日の0時。
 故郷アイルランドは標準時から時差がない。
 宇宙の闇の中、遠く煌めく小さな星々の中、目の前には青い地球があり、右の肩には人一人分の小さな重さと確かな温度がある。
 世界は遠く、しかし確実に彼と繋がっている。