「『おめでとう』って言ってください」 「おめでとう?」 唐突な言葉に、言葉は鸚鵡返しになった。 「『う?』じゃなくて」 困惑を乗せた声に、申し訳ないような思いを持ちつつも乞う。 「意味分かんねぇけど。まぁ、おめでとうアレルヤ」 「度々すみません。ただ『おめでとう』にしてください」 「何なんだよ」 目の前の彼は明らかに怪訝な顔をした。そして一つ溜息をつく。 「…おめでとう」 「ありがとうございます」 つい、笑ってしまうと彼は頭を小突いてきた。 「満足かよ」 誕生日だった。 日付が変わり、スメラギが部屋を訪ねてきた。 再会してからスメラギは酒を断っているように思っていた、しかしこの日は片手に細い瓶を持っていた。 『お祝いに少しだけ』と細いグラスに注がれたものは、透き通って、僅かに金色に輝く泡が入っていた。 シャンパンだ。 アレルヤは驚いていた。そして嬉しかった。スメラギが自分の誕生日を覚えてくれていたことが。 シャンパンは甘くて泡が小さく弾けておいしかった。4年前にアレルヤが求めてスメラギがくれた酒はとても苦かった。 穏やかな語らいはイアンからの呼び出しで短い時間で終わった。誕生日と聞いて、イアンは驚き、それからモニターの向こうからアレルヤに『おめでとう』と笑って言った。 アレルヤは嬉しかった。嬉しくて少し寂しかった。 一人の部屋には二つの美しいグラスが残された。 静けさを嫌うようにアレルヤは部屋を出た。日付が変わり1時間と経たない深夜の時間に人気はない。 ブリッジにはフェルトがいた。アレルヤの顔を見て、少し躊躇いがちそれでも笑みに乗せてアレルヤに『おめでとう』と言った。 驚くアレルヤにスメラギから聞いたのだとタネを明かしてくれた。 嬉しくて、やっぱり少し寂しかった。 今日はアレルヤの誕生日で、そしてハレルヤの誕生日だ。 その言葉を自分だけがもらってしまうのはなんだか寂しい。 あてもなく通路を進み、通りかかった展望室に人影を見つける。 ロックオンだ。 微重力に足をつけた軽い音に、彼は振り向く。 ひょいと眉を動かし、挨拶代わりに小さく手を上げる。 アレルヤは彼に並び、星に目を向ける。 「珍しいなこんな時間に」 端末でちらと時間を確認し、彼は言う。 「まぁ、ちょっと散歩みたいな」 ふうん、と適当な調子で彼は応え、並ぶアレルヤを気にする様子はない。 ロックオンは、4年前アレルヤの誕生日を知った。何のきっかけかフェルト同様、スメラギから聞いたのだ。俺にも言ってくれりゃいいのに、とほんの少し拗ねたような顔をして、それから彼は『おめでとう』と言ってくれた。自分たちに。 目の前にいる彼はもちろんアレルヤの誕生日を知らない。 「ちょっとお願いしたいことがあるんですけど」 思いついて、唐突に切り出した。 「何?」 「『おめでとう』って言ってください」 自分にだけではなく、言って欲しかった。困惑した目が自分を見ていても。せめて誰にというわけでもない、ただの言葉が。 「満足かよ」 ロックオン、ライル・ディランディは言った。 4年前二人に言ってくれた『おめでとう』とは違う、ただの何かへの祝福を。 「今日、誕生日なんです」 アレルヤの告白に、小突いて、それからぐしゃぐしゃと髪を乱していた手が止まった。 「誕生日?」 「はい」 手が離れ、彼はそっぽを向く。 「お前、それ先に言えよ」 「すみません」 アレルヤは嬉しかった。勝手に嬉しかった。 「そんな騙し討ちみたいなことしなくても、俺は『おめでとう』ぐらい言えるぞ」 確かに彼は言ってくれるのだろう。 それを疑ったりしないけれど、欲しいものは違ったのだ。 「はい、すみません」 拗ねたような横顔が4年前の顔と重なって、アレルヤは笑みを深くした。 |