公園沿いの道を歩く刹那のポケットで、不意に端末が存在を主張した。取り出したそれを開くと通信はロックオンからのもので、刹那は道の端に寄りすぐに通信をオープンにした。 『よお刹那。お前今どこにいる?』 画面の中のロックオンは常と変わらぬ小さく笑みを浮かべた表情で、刹那は即座に緊急の用事ではないと判断した。 「日本だ」 『そりゃ知ってる、待機中だもんな』 待機中である。しかし次の任務は2週間は先になるだろうと予測されていた為、地上と宇宙で二人ずつそれぞれ出撃が可能な状態を保つということを前提に、待機場所では自由な行動が許されていた。 刹那は日本の東京にある隠れ家の一つで待機をしていた。 『な、お前外にいんの?天気良さそうだなぁ』 「ロックオン、何か用…」 要件を切り出さないロックオンを訝しく思いった刹那だったが、通信画像に違和感を覚え口をつぐんだ。 違和感は見慣れない私服。ロックオンの待機場所の島は日本より緯度が低く熱い。パイロットスーツを切る必要がない時なら、皆軽装で過ごすことが多いのだがそれが違う。 そして背後に見える人工的な壁の色。それはコンテナ内とは違うものだ。 「おい、どこにいるんだ?」 眉を顰めた刹那にロックオンは笑みを深くする。 『俺?俺はここ』 ずれた画面の中に映ったのは、刹那の隠れ家の玄関ホール。 『東京にいる』 刹那が指定した公園の入り口に、ロックオンはすぐに現れた。 のほほんとした笑みを浮かべ、刹那に合図するように手を上げる。 「おー、刹那。元気にしてたか?」 「本当に来た…ロックオン、なぜここにいる」 分かっていても思わず、という風に刹那は目を丸くする。 「お前、挨拶くらいしようぜ」 「1週間ぶりだな?」 おー久し振りぶり、とロックオンも笑って返す。 待機の指示が出て別れて数日だ元気も何も変わりようがないのはロックオンも分かっているだろうに。 「今は待機中だ、なぜここにいる」 「刹那!」 マイペースなロックオンは、言い募る刹那の頭を不意に抱えるように引き寄せる。 「おい、何をする」 勢いに転びそうになるを刹那を支え首にがっちりと腕を回したかと思うと、ロックオンはそのまま歩きだす。 「刹那、俺さ腹減ったんだよ。飯食いに行こうぜ!」 ロックオンは何の迷いもなく歩みを進め、繁華街のファーストフード店の一つに入り、ここで待ってろ、とテラス席に刹那を座らせると、再び混み合うレジカウンター前へと戻って行った。 途中、さすがにおかしな体勢に耐え切れず腕は外させたが、今度はがっちりと腕を掴みなおされ、すたすたと引っ張るように歩きながら勝手に喋り続けたロックオンに、刹那は座った途端どっと疲れを感じた。 ちらりと周りの様子を伺ってから、肩の力を抜いて椅子に凭れる。 1時過ぎの店内はやや混んでいたが、別のテーブルを気にするものなどいない。 東京での待機はもう何度目かになるが、ここで刹那は存在が浮くことも、意識されることも一度もなかった。 何を見るともなくぼんやりと道の方に視線を向けているとロックオンが戻ってきた。 「さ、食おう食おう。俺の奢りだ、しっかり食えよ」 トレーを置いて席に着く。 いつも着けている手袋はいつの間にか外されている。 「あ、勝手に選んじゃったけど嫌だったら交換するぜ?」 トレーを見比べもせず刹那は首を振る。 「何でもいい。それよりここにいる理由を聞いていない」 早速揚げられたポテトを口に入れたロックオンはもぐもぐと口を動かしながらうーんと唸る。 「久しぶりにここのポテトが食いたくなったから?」 「…」 真顔の返答に刹那は溜息をつく。 ロックオンがジャガイモ好きなのは聞いたことがある。だがしかしそんな理由で納得が出来る訳がない。 待機は任務の一環なのだ。 「それは、仕事の放棄だろう」 ロックオンを咎めるように、ジロと睨みつけると、わざと情けないような顔に眉を下げる。 「おやっさんが整備に来たから手伝おうとしたんだけど『邪魔だ鬱陶しい!』って怒鳴られてさぁ…」 ひどいよな、俺マイスターなのにだぜ?と、途中から笑いをこらえるような声音になったロックオンは、それじゃあ席を外そうと言わんばかりに島を抜け出してきたのだろうか。 恐らく手伝いと称してイアンの周りをウロウロしていたのだろう。 もしかすると外出する為の理由づくり、計算だったのかもしれないと、浮かんだ考えに刹那の表情は険しくなる。 「自然のど真ん中で良いとこだけど、あそこにずっと一人ってのもあんまりなぁ…おやっさん冷たいよなぁ」 ふふと、どこか寂しさが混じったような笑みを見せる。 つまらなかったのか寂しかったのか冗談なのか、刹那には思い量ることができないがそれにしてもやることが極端だ。 そして責めてくれるなと訴える目に言葉に詰まる。 「放棄はまずい、気が済んだら戻れ」 刹那には許容する権限などない。思い浮かぶ精一杯の言葉を溜息混じりに呟く。 来てしまったものを止めるすべもない。 「ティエリアに怒られる前には帰るさ」 ほら冷めるからまぁ食え、と刹那のトレーを押してくる。 ちゃっかり気を取り直しているロックオンを恨めしく見ながら刹那もトレーに手を伸ばす。 ティエリアに怒鳴られるのは自分も遠慮したい。 ロックオンの好きなポテトはさくりとした食感で、確かにおいしいかもしれない。 |