02せつなとハロ








   通路の向こうから聞こえた声に、ガイドレールのレバーを離す。
『兄サン、兄サン』
 ハロの電子音声。それによって紡がれた言葉に、刹那は僅かに眉を寄せたが、引き寄せられるような思いに駆られ、声の方にむけ通路を折れた。

 声の先は展望室で、そこにはプトレマイオスのオペレーターの一人、フェルト・グレイスがハロを胸に抱き、じっと外を見つめている。
 刹那は微重力を頼りに床に足を着ける。フェルトはその音に刹那の方を振り向いた。
「刹那」
『セツナ、セツナ』
 LEDを点滅させハロはフェルトの腕から刹那の元に飛んでくる。
 飛んだハロを追うように、僅かに上がったフェルトの腕に気付き、ハロを両手に受け止めた刹那は軽く床を蹴り隣に立つとフェルトの腕にハロを戻した。
『セツナ、兄サン、遠クニ、兄サン、遠クニ』
 腕の中でくるりと窓の方に向き直り、羽のような耳のようなそれをパタパタと動かす。
 ハロの言う『兄サン』という言葉に、苦い思いがこみ上げる。
 独立AI式球形小型汎用マシン・ハロ、ソレスタル・ビーイングの活動に欠かせないサポーターだ。
 この日初めて直接の対面を果たしたチームトリニティの存在について、刹那は同じガンダムマイスターを名乗れど相容れないものと認識した。しかしスローネドライの機動制御を行うという紫色のハロの存在、更にプトレマイオスのサポーターでありデュナメスの機動制御に欠かせないこの橙色のハロが紫色を兄と呼ぶことがトリニティがソレスタル・ビーイングの組織の一つであるということを言外に示されているようで複雑な思いを思い出させた。
「トリニティが向こうの艦に帰ってからずっとなの」
 既に艦ごと姿を消した紫色を宇宙に探すように、まるで人の目を模したLEDは窓越しに遠いところを見ている。否、見ているように刹那には見える。
『兄サン、兄サン』
「あの紫色がお前の兄なのか?」
『兄サン!兄サン!』
 刹那の問いにハロの声は興奮したように大きくなる。
 感情を持ち言葉を発する、まるで人だ。
「ハロは仲間がたくさんいるね」
 フェルトの言うとおりプトレマイオスの中では何体ものハロが常時活動している。色とりどりのそれを刹那は今まで個体として意識したことがない。
「緑や赤のは?」
『弟、妹、弟、妹』
 ふとした疑問を言葉にすると、その問いかけはフェルトに向けたものだったが、彼女の返事を待たずハロが答えた。
「ハロはみんなのお兄さんなのね」
『ハロ、兄サン、ハロ、兄サン』
 くるくると腕の中で回るハロにフェルトが小さく笑う。
 AIの言葉一つに−今の自分は神経質になりすぎている。
 フェルトとハロのやりとりは穏やかだ。
 刹那は先ほどまでの考えを追い払うように僅かに首を振った。
 ポケットの中で刹那の端末が反応する。
「ロックオン」
『ああ刹那、お前ハロ見なかったか?』
 ハロはフェルトの腕の中にいる。
 声に反応したのか、ハロの耳がパタパタと動く。
「ここにいる。どうかしたか」
『デュナメスの制御システムのことでおやっさんと新しいパターンを組もうって話しになってな。今からそっちに行く』
「分かった。展望室にいる」
 返事を聞き、刹那は端末を閉じた。
「ハロ、ロックオンから仕事の依頼だ」
『ハロ、オ仕事、ハロ、オ仕事』
「お前の一番デカい弟が探している」
『ロックオン、ロックオン』
 一人と一体のやりとりにフェルトは笑みを深めた。
 腕の中からハロが飛び出す。フェルトの腕は浮遊したハロを追わない。
『フェルト、マタナ、フェルト、マタナ、刹那、マタナ、…』
 展望室のドアをくぐりながらくるりと体を回転させ、飛んでいく。
 別れの言葉まで残していくそれは自分よりよほど人間らしいところを持っているかもしれない。
 隣を向くと今度は手を振るようにフェルトは腕を上げている。
「またな、ハロ」
 通路を折れた先で落ち合ったのか、ハロを呼ぶロックオンの明るい声が展望室まで届いた。





(01-#17トリニティと接触後)