04せつなとおにいちゃん








 ラッセ・アイオンはイアンに頼まれ届いた資材を各コンテナへ移動させていた。
 カレルに指示を出しつつ、自身も運搬用のカートを操作しエクシアのあるコンテナへ入った。
 30分ほど前に訓練は終わっておりコンテナ内は、静まり返っている。
 ハンガーに固定された機体の近くにカートごこ資材を置き、カートを降りると上の方から小さな物音がし、大きな機体を仰ぎ見る。
 コックピットへつながる上部の足場にパイロットスーツのままの刹那の姿を見つける。
「刹那、何やってんだ?」
 声を掛けると刹那がこちらを振り向く。
「訓練終わったんだろ、何か問題でもあったか?」
「いや」
 短い返答は問題の有無を否定していたが、刹那はまたコックピットを見つめる。
 刹那がエクシアを心酔していることは周知のことで、ラッセも訓練以外でも刹那がエクシアを見つめる姿を何度も目にしている。
 ラッセも自分の作業に戻った。

 一通り、言われていた移動作業を終えたが、刹那はその間中エクシアのコックピットを出たり入ったりしていた。
「刹那、俺戻るけどやっぱ何かあったんじゃないのか?」
「いや、気にするな」
 気にするなという声はいつもと変わらないけれど、それにしても様子がおかしいようにラッセには見える。
 しかし干渉を嫌う刹那にこれ以上ここからどうこう言っても仕方がない、自分が煙たがられるだけだ。…残念ながら、それは経験上理解している。
 それでも気になる気持ちが勝って、ラッセは刹那のコックピット前まで移動してきた。
 覗き込むと開け放ったコックピットの中、刹那は操舵を掴んだり離したり、座りを確かめている。
 不意に現れたラッセの顔に一瞥をくれただけで特に反応はない。ということは特に機嫌も悪くない、とラッセは思う。
 そして、一通りその様子を見て、ラッセはそこに思い当たるものを見つける。
「刹那、ちょっとこっち来てくれ」
「用があるならそのまま話せ」
 手招くラッセに、刹那は操舵から手を離さぬまま返す。
「それじゃ意味ないから言ってんだよ、いいから!」
 ほら早く!と声を大きくすると、やや間があったが、刹那はコックピットから出てきた。すぐにラッセの前まで滑るように動いてくる。
 目の前で足をついた刹那にラッセはさらに距離を縮めほんの目の前に立つ。
「何だ」
 硬い表情で、距離が縮まった分刹那は後ろに体が逃げる。
「ちょっと待てって」
 逃げた分一歩前に出、ラッセは刹那を見下ろす。まじまじと見つめられ刹那は更に不快気に眉を寄せる。
「やっぱり。刹那お前身長伸びただろ」
 その発見に満足したように、ラッセはにっと明るく笑む。
 思ってもいなかったことを言われ、刹那は目を丸くする。
 言われた言葉に思い当たるものがなく首を傾げる。
「シートの座り心地が変だったんだろ?」
「…多分そういうことになる」
「身長が伸びたせいでコックピット内が狭く感じるんじゃないのか?」
 刹那は黙った。
「俺も初めちょっとだけ訓練に係わったからな、座ってる時、膝がもう少し伸びてる感じだったなって思って」
「…分からない」
 確かに、ほぼ毎日のように乗っていると日々の小さな変化になど気付かないかもしれない。
「トレーニング前のバイタルチェックの時に身長体重も自動で記録に残るだろ。見てないのか?」
「やっているが、知らない」
 憮然とした表情の刹那に今度はラッセの方が目を丸くする。
 意外な気もしたが、無頓着な彼らしいような気もする。
「お前、閲覧のロック掛けてないな…ほら、やっぱ伸びてる」
 端末を開き、短い操作の後それを刹那に向ける。
 心拍数身長体重など項目は少ないが、グラフ表示されたそれの身長の青い線は、確かに、とても緩い傾斜ではあるが右上に向いている。
「ガンダムの操作演習に入った時シート調節したっきりだろ、こんだけ伸びてりゃ少しは乗り心地にも影響するだろ」
 瞬きもせず画面を凝視しする刹那がおかしくて、ラッセは笑みを深くする。
「成長期なんだからちゃんとチェックしとけ」
 声に笑いが乗ったラッセの言葉にまた刹那の眉が寄る。
 また子供扱いされたと思っただろうか。
「別に俺はガキ扱いなんてしてないぞ」
「気にしてない。あんたは話も分かりやすいし…疲れない」
「疲れないって、」
 言外に疲れる相手とは誰を言っているのか、ロックオンかイアンか、浮かんだ名前にラッセは笑いそうになるのを堪える。
「…あれはあれでアイデンティティーだからな、そう言ってやるな」
「兄貴面がか…」
 ラッセは堪え切れず笑いだした。刹那の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
 確かに刹那の言うとおりロックオンは構いたがりの兄のようなところがある。自分は同年代だから、そういうところはないけれど。
 笑いが止まらないラッセに刹那はとても嫌そうな顔を浮かべたが、それでも笑いは収まらなかった。
 諦めてラッセを置いていく刹那に、慌てて息を整える。
「おいっ、シートのことちゃんとおやっさんに言うんだぞ」
 背を向けたまま、それでも了解した、という声ははっきりと聞こえてきた。
 自分はこの子供に慣れてきたと思ったのに、まだまだ知らない意外なところがたくさんあるのだろう。
 だけどそれも悪くないなと、ラッセはまた笑った。