07せつなと魚のシチュー








 モラリア共和国で行われた合同軍事演習への介入行動を終え、緊張と疲労から重力のせいだけではない、まとわりつくような重みを体中に感じアレルヤはコンテナ内の簡易ベッドに腰を下ろした。
 武力介入、刹那の独断行動についてのマイスター同士の諍い、そしてそこにさらなるテロの情報。すぐに次のミッションが行われるだろう、憂鬱なことばかりが続く。
 アレルヤは振り払うように緩く首をふり、重いパイロットスーツの襟に手を掛けた。憂鬱なことばかり、それでも自分はやらなくてはいけないことがある。次のミッションに備え今はこの疲労を取り除くことが先決だ。
 スーツを脱ぎ終え、張り付いたインナーを引き空気を送る。密着していた不快感が僅かに軽減された気がして、アレルヤは深く息をついた。
「アレルヤ?入るぞ」
 扉の向こう、ロックオンはアレルヤの返事を待たずキーを解除し部屋の中を覗き込んだ。
「遅くなって悪ぃ、シャワー空いたから」
「ありがとう。ゆっくりしてもらって良かったのに」
 ロックオンの髪に残る水分にアレルヤは苦笑する。
 コンテナ内の施設は生活に必要な最低限のものが一通り揃っているが、数や質といった点で簡易さは否めない。もともと大人数が長期使用することを想定して作られているわけではないからだ。
 シャワールームも然り、2つ設置されているが今回初めてマイスター四人が揃ってここに帰島し滞在することになった。
 先にティエリアとロックオンが使うことになったが、ロックオンは待っている二人を気遣い急いで出てきたようだ。
「刹那戻ってきた?」
 アレルヤの問いにロックオンは首を振る。
 刹那はコンテナに戻る自分たちに自分もすぐに戻ると言い、こちらに背を向けたまま動かなかった。
「まぁ、小さい島だし心配ないけどな。あんまり戻ってこなかったら様子見てくるから、お前さん先に使ってくれ」
 ロックオンもまたやれやれと言い出さんばかりの苦笑いを見せ、早く休めよ。と言い残して部屋を後にした。
 アレルヤも刹那のことが気になったが、ロックオンの言うとおり体を休めるべきだとシャワールームへと向かった。

 シャワーを終え温まった体にほっとし、自室に戻ろうとしたアレルヤだったが、気持ちが落ち着いて俄かに空腹感を覚えキッチンへと踵を返した。
 ほんの短い距離を戻る間に、アレルヤはパイロットスーツのままの刹那と出くわした。
「刹那、今戻ってきたの?」
「ああ」
 短い返事にアレルヤは僅かに眉を顰める。
 随分長い時間一人外で佇んでいたのだろう。様子を見に行くと言っていたが、ロックオンはもしかしたら寝てしまったのかもしれない。彼も疲れているだろう。
「シャワー空いてるからすぐ入って、体冷え切っちゃってるでしょ」
「…構うな」
「構うよ」
 刹那は上目にジッと視線を向けてくる。頑なな瞳だ。
「体調管理もマイスターの仕事の内だよ。そのままじゃいけない」
 刹那は無駄なことや、余計な感情を向けられるのを好まない。
「…分かった。すぐに入る」
 心配しているとアレルヤが言葉にしても、残念ながら簡単には伝わってくれない。厳しい口調はアレルヤの本意ではないけれど、マイスターとしての刹那を頷かせることが出来る。
 表情は相変わらず硬いままだったが、きちんと返事を返した刹那にアレルヤも眉間を緩める。
「うん。じゃ、出てきたらキッチンで一緒にご飯食べよう。待ってるから」
 にこ、と微笑みアレルヤは刹那の返事を待たずキッチンへ向かっていく。
 後ろから刹那の呼びとめる声が聞こえたが、アレルヤは振り向かずゆっくり入ってね、と声だけを返した。

 軽い空気を切る摩擦音と共に、キッチンの扉が開き刹那がそっと顔を覗かせる。
 覗き込んで、アレルヤと目が合ったが刹那は入ってこない。
 アレルヤは刹那が来ない可能性も考えていたので、顔を見た途端思わず笑みが浮かんだ。
「立ってないでそこに座って、刹那」
 キッチンの隅にある小さなテーブルを指し示し、アレルヤは皿を取る。
 背に刹那が椅子を引いた音を聞き、少し深めの皿を満たしていく。
 満ちた皿を両手に持って一つを刹那の前に、一つを向いに置いて、シンクの上から水とミルクを取ってアレルヤも席につく。
「お腹空いちゃったんだよね。食べられる分だけでいいから付き合って」
 スプーンを取り上げほほ笑むアレルヤを刹那はいつもの真っ直ぐな目で見つめる。
「…お前が作ったのか、アレルヤ・ハプティズム」
 自分の前に置かれた皿とアレルヤとを何度目で往復する。
「もちろん」
 刹那の声にそれは表れていないないけれど、往復する視線に戸惑いを見出し、アレルヤはいたずらが成功したような奇妙な満足感を覚えた。
 コンテナ内にはレーションはもちろん保存のきく食糧が用意されている。
 このキッチンのように簡易的に調理をするスペースはあるが、長期滞在をすることが殆どない為、アレルヤもここで調理をするのは初めてだった。
 アレルヤの言葉にやむを得ず来た刹那だったが、食事と言われいつも通りのここでの食事しか頭になかったのだろう。
「これは何だ」
「魚のシチュー。以前君が好きだって言ってたの思い出して…まぁ、想像で作ったからたぶんこういう味じゃないだろうけどね」
 アレルヤはすくった液体を口に運ぶ。自分は好みなどないけれど、この味は悪くはないだろう。
 勢いで刹那を食事に誘ったもののアレルヤ自身もレーションか何かで簡単に空腹を埋めるつもりでいた為、算段を立てていなかった。
 以前に何かの話の中で聞いて、珍しく答えてくれた刹那の好きな食べ物のことを思い出したが、自分はその料理を知らなかった。自身の内に問いかけてみたが、ハレルヤもあの発音の難しい料理の名は覚えていたが、作り方までは知らなかった。
 余計なことだなと理解していたけれど、思い出せたことがアレルヤの心を温かくした。
 だから体はとても疲れていたけれど作ってみたのだ。
「そうか」
 刹那は黙って尚も皿を見つめている。
「お腹空いてなかったら無理しないでいいよ」
 アレルヤは刹那が言われた通りシャワーを浴び、嫌々かもしれないがキッチンまで来て、促されるままに席についたことで自分はかなり満足しているのに気が付いていた。
 刹那にそれを言ったら自己満足だと一蹴されるだろうし、その自覚もあるから言わないけれど。
 刹那は黙っていたが、そっと手元に置かれたスプーンを持ち、その液体をすくい口に運んだ。
 もう一度スプーンを、今度は崩れた魚の身を一緒にすくい上げ口に運んだ。アレルヤはスプーンの先が皿と刹那の口を行き来し、その中身が小さな動きで嚥下する様をじっと見つめた。
「アレルヤ」
「うん」
 下がったスプーンに目が止まっていたアレルヤは刹那の声に顔を上げた。
「アレルヤ、俺は空腹だったことを忘れていた」
「うん?」
 アレルヤもミッションの緊張から解かれるまで体の訴える空腹感を忘れていた。けれどアレルヤは刹那の声に違う響きを感じ首を傾げた。
「俺は空腹を満たしてもいいか分からない」
 刹那の真っ直ぐな瞳。言葉にアレルヤは息を呑む。
「でも俺はこれを食べて、生きる」
 返事をまたず言葉を続ける。瞳は揺らがない。
 空腹を満たしてはいけないのか…人を殺める自分が生きる為に空腹を満たす、目的を達成するまでどれほど罪を重ねようとも戦い続けると決めている、その為には生きなくてはいけない。
 それが罪深いことであっても。
「…僕も生きるよ。ねぇ…刹那、これ味どうだい」
「悪くない」
 自分がこの食事で栄養を摂取する以上に、満ちた気持ちを味わっていたこと、自分にはそんな権利はないのに。アレルヤは刹那の言葉にそれを忘れていた自分を思い知った。
 でも、アレルヤは満たされた気持ちを、悪くないと一瞬頬を緩めた刹那を忘れたくないと思った。





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